さみしさのひとつ(人間らしい時代は二度と来ない)

明確に何かがおかしい!問題だ!
というわけではなくてもじわじわとさみしさがこみ上げてくる。

22歳の頃にうつ病になって死のうとした時もカウンセリングをして10年以上経つ今でもその感覚は消えていない。そんなさみしさのひとつに近いと感じる「動画」を見つけました。社会を批判したいのではなく、「こんなさみしさがみなさんの中には無いですか?」と聞いてみたいです。

もし、これを感じる人がたくさんいたら社会が変わるかもと思って記事を書きます。

人間らしい時代は二度と来ない

僕は「さみしい」と感じることがおそらく人より多いのだと思います。

「ええっ、それ僕に言っていない言葉だよね?」

「ええっ、今、僕目の前にいたよね?」

「ええっ、ここで自分を優先するの??」

そんな気持ちになるたびにさみしさを感じ、以前はうつ病になりました。先日、精神疾患の女性が凍死した記事を書きましたが、それの10,000分の1のダメージを毎日毎日受けている感覚があります。

参考)精神疾患がある長女が凍死

その言葉にならない感覚の一部が表現されていると感じられる動画があったので今回ご紹介させていただきます。傾聴が大事というよりもっと深刻なおかしな社会になってきているという感覚が僕の中に根強くあります。僕はテーマがスマホじゃ無いけれど、今から20年以上前にこれに似たさみしさを感じました。それが年々悪化している気がします。

1)人間らしい時代は二度と来ない

僕はこの主人公らしい人に共感してるだけではなく、途中で死んでしまう女の子。スマホで顔の修正をしているさえ無い女性、ピカチューらしきものを追いかけている人。インスタ蝿。全てが犠牲者に思えてなりません。
狩りして、イノシシ捕まえて、みんなで料理して食べて、20歳ちょっとで寿命で死ぬ。
その人生の方がマシに思えるのは気のせいでしょうか?

2)メンタル不全者の視点

うつ病、パニック障害、摂食障害、強迫性障害、、、さまざまなメンタル不全の人と関わっていて思うのは多くの人がこれに似たさみしさを根っこに持っていることです。孤独を抱えながら、話しかけても答えてくれ無い人たちと関わっています。
  • 「いらっしゃいませ」は言葉ではありません。記号です。
  • マニュアル言葉は言葉ではありません。記号です。
  • レジの店員さんは人間ではなくロボットです。
  • 医者や学校の先生の多くも高性能ロボットです。
うつ病になる直前、こんな気持ちでした。闘病中もそうだったな。医師は僕に興味が無いのがとてもよくわかりました。「うつ病患者対応マニュアル」を朗読しているだけに見えました。
動画の中で主人公が
あの必死に話しかけている時に人間として答えてほしいのです。それだけなのに、、、
傾聴は人と向き合う基本です。
この動画のような世界ではすでに滅んでしまった概念かもしれません。
せめて大切な人の心の叫びを聴き逃すことのないように「傾聴」の技術をこのサイトに公開しています。傾聴のスクールで学ぶもの以上のものが書かれていますので、ぜひ参考にして、よりよい人間関係の一助にしていただけたらと思います。
オンライン傾聴講座 開発者 椎名雄一

5件のコメント

  1. 「おはなをあげる」(ジョナルノ・ローソン作 シドニー・スミス絵 )という絵本があります 📖
    この絵本では、動画の男の子のように、灰色の世界の中に女の子が描かれています 女の子の周りに、携帯電話を持っている大人、太ったおばさん、怖そうな男の人、無関心な大人たちが描かれているのも似ているところです

    そんな世界の中で、女の子は、道ばたの花を摘んで、いろんな人や動物にそっとお花をあげます すると、もらった人や動物の周りには、色が戻っていくのです💐

    文字のない絵本なので、ストーリーは、読み手の想力次第 最後がハッピーエンドなのか、そうでないのかも読み手次第の終わり方です

    何も言わずにお花をあげる女の子
    灰色の世界に彩りを戻していくこの女の子は、あの動画の男の子を救うことができるのかもしれません

    女の子のお花の意味するところは、人への関心なのか、優しさなのか、繋がりなのか

    動画への返信のような絵本です
    もし、見つけることができたら、目を通してほしいなあと思います🌼

  2. 私も主人公に共感してしまいました。
    人といるのに、写真、テキストにばかり目が行っていて。
    人が目を向けるのは、目先のスマホではなく、人の心なのに。
    人の心は見えないし、分かりずらいけど、でも、実感が何もないスマホに奪われてしまうのは悲しいな。

    1. Author

      人はわかりやすいほう。簡単なほうに意識が向いちゃいますよね。
      高級な外車を買うよりもそのお金で優しい会話の仕方を身につけたほうがずっと幸せになれるかもしれませんね。ありがとうございます。

  3. 出勤途中の電車内でこの記事と動画をみました。
    この電車内のスマホを観ている人率はどのくらいなのだろうとチェックしてみると、寝ている人(目を瞑っている人)が3割、スマホでゲームかSNSか何か観ているのかしている人が6割、何もしていない人と本や新聞を読んでる人が1割といったところでしょうか。ま、そのうちの6割の中に自分も入ってるわけですが。

    「日本は異常だな」と思っていたところ、数年前にニューヨークの地下鉄に乗ったらアメリカ人もスマホでゲームやSNSをやってる率が高くて、「なんだ!アメリカもか!」と感じたことを思い出します。

    スマホはたしかに便利ですが、客観的な視点からみるとスマホに集中してる人がずらっと横並びしている光景に異様さを感じます。
    「僕らはスマホを使っているのか、スマホに使われているのか?」とふとそんな疑問にかられます。

    今この瞬間、彼らの意識は「ここ」ではなくスマホという「そこ」にあり、それが「ここ」にいる自分には奇妙に映るのかな?

    さみしさというものの正体もそのあたりに共通性があるのかなと感じます。同じ空間に居ながら意識は別の場所へ行ってしまっていたり、興味、関心は自分のいる「ここ」にはないのだと認識させられたり。理解してほしいポイントがズレることで感じるさみしさもあったり。

    本当は一緒に分かち合えたら幸せなのになって思うのに。それってそんなに難しいことなんだろうか。
    物が溢れ情報が溢れれば溢れるほど、青い鳥は隠れんぼしてしまう気がしてなりません。

    1. Author

      全員でハマって仕舞えばそれでもよいのかもしれませんね。
      社会の何かが悪いというのは簡単なのですが、それよりもそれを生み出す私たちの心の闇が深刻な気がしています。いつもありがとうございます。

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