傾聴対談「マイノリティ」の世界観 (筋ジストロフィーと闘い歌う 小澤綾子の世界観)

傾聴対談「マイノリティ」の世界観
(筋ジストロフィーと闘い歌う 小澤綾子の世界観)

小澤綾子さん
千葉県君津市生まれ。進行性の難病筋ジストロフィーを抱えながら「筋ジスと闘い歌う」と掲げ、現在はイベント、学校、病院、老人ホームなどで講演ライブを行い、全国に生きることを伝えている。
その活動はTVや新聞などメディアでも多く取り上げられている。
2015年は東京コレクションモデル、ドリームプランプレゼンテーション世界大会感動大賞受賞(下記に動画あり)など活躍の場を広げている。
初の著書 「10年前の君へ  筋ジストロフィーと生きる」 (百年書房)Amazonカテゴリーランキング1位。



岩村 剛
日本心理療法協会カウンセラー、オンライン傾聴講座講師。
禅の修行に取り組む傍らビジョントレーナー、カウンセラー、講師として活動している。
​岩村剛サイト】Rockvillage.site


今回の傾聴対談は傾聴した人岩村剛の友人である筋ジストロフィーのシンガー小澤綾子さんへの対談で、友人である関係上敬語ではなく友達言葉(いわゆるタメ口)になっている点はご容赦下さいませ。

1.「マイノリティ」という立場について感じること。

岩村:小澤さんよろしくお願いします。

小澤:よろしくお願いします。

岩村:一番聞きたいのは、立場的に「マイノリティ」といわれる、立場について感じるものを聞かせてもらえます?

小澤:昔から「私は私」だから、あんまり自分の中で「マイノリティー」だとはあんまり思っていないかな。病気がすごく稀な病気で何万人に一人の病気だから、「マイノリティー」を意識しざるを得ないけれども健常の頃とあんまり心は変わってないっていうか。

岩村:じゃあ健常者の側からどっちかっていうと「分けてる」っていう感覚がある?

小澤:そうかもしれない。私からしたら「同じ人間です」って言うんだけど。別に障碍者を持ってるからって特別でもないし、「マイノリティ」だとも思ってないし。障碍者の数もそんなに少なくないはずなんだよね。

いつかは人は年をとって出来ないことが増えるし、それがちょっと普通の人より早いだけ。私の場合は進行が早いから歩けなくなったりとか、手があがらなくなったりとか、できなくなるのが人よりも早いだけであんまりそういう意識はしないかなと思う。なんか自分のことって自分が「マジョリティ」だって思っちゃいません?

岩村:まあ「思う」と思う。

小澤:自分が正しいと思っちゃったりするじゃん。いろんなことに対してさ。

「なんであの人ってああなんだろう?」とか。「何であの人は自分と考え方が違うんだろう?」とか。それって多分自分が「マジョリティ」だと思ってて、それが常識だって思っちゃう人も多いと思うのね。まあそういう感覚。車椅子に乗ったけど「自分は自分」だから。自分を中心に結構まわってるじゃないですか。

岩村:「マジョリティ」っていう意識があるわけじゃないけど、どっちかっていうと「自分を基準」にして考える?

小澤:そうそう、そんな感じ。あんまり特別には思ってない。

岩村:このあいだ自分がアキレス腱断裂やって松葉杖になって「何で駅にエレベーターがないんだあっ!」っていう現実を知るというか。

小澤:多いよね!当事者にならないと見えないことっていっぱいあるよね。私も杖だとそんなに段差とか気になってなかった。ちょっと足をのばせば一段位は越えられるし、例えば点字ブロックとかもなんとも思ってなかった。でも車椅子だと点字ブロックの上を走ると緊急ブレーキがかかっちゃって「ガツッ」って止まったりして「なんやねん!」って思うこともあるし、微妙な傾斜なんかもブレーキが必要、とか、歩いてる時は全然感じなかったけど、車椅子だとありとあらゆる所に障害を感じるというか。

岩村:車椅子には車椅子の世界があるってことだよね。

小澤:そうね、車椅子にならないとわからないことある。例えば満員電車に乗ったらみんなのお尻しか見えないとかね。そんなこと立ってた時には気づかない。

岩村:目線が全然違うもんね。

小澤:全然違う。コンサートに行ってみんな立ってたら「見えねー!」とか。車椅子ならではの気づきがいっぱいあって。何か自分は杖ついてたの時も自分が障害者代表じゃないけど障害者としてメッセージを発信していた事もいっぱいあったんだよね。で「もっと私たちの事理解してください」って言ってたけど、「私ぜんぜん車椅子の人の事わかってなかったんだな」って思った。

やっぱり自分以外の事ってわかんないんだよね。だから自分以外の事を知ったかしちゃいけないなって思った。「語れるのは自分の事だけなんだ」って。人って全然違うし。「その気持ちはわかる」なんて口が裂けても言えないなって思う。

岩村:障碍者って言葉の範囲が広いわけじゃない?そもそも障碍者って言葉自体がどうなのかな?って思うんだけど、以前に「年を取るということは障碍者になっていく事だ」って言ったお坊さんの言葉を聞いたのがすごい印象的で、ある意味どんな人でも障碍者になっていくってことじゃん。そこになんか意味はあるのかなって。いずれまぁ近しい経験をするって言ったら変なんだけど

小澤:そうね。いつかみんなそういうふうになっていくし、いつなるかわからないっていうのがあるから、そこを分ける意味はあまりないと思うし、分けて不利益をともなうというか、自分がもしそっちの立場だったら嫌な気持ちするんじゃないかな、分けておいたほうが。

岩村:「基本は一緒だよね」ってスタンスだよね。

小澤:「同じ人間ですから」ってよく言いますから。本当そうなんだよね。

2.障碍者への接し方について

岩村:自分がよくわからないのは、いわゆる障碍者って呼ばれる人達にどう接していいのかわからない部分があるっていうところ。それって日本の社会がそうさせてしまっている部分があるなって思うんだけど。どう接したらいいんだろう?っていうところを上手く繋げたらなって思うんだけど。

小澤:普通に生活していて障碍を持った人がいないとどう接していいのかわからないと思うんですよね。私もそれは正解がわからなくて、例えば私は目が見えない人の事はよくわからない。どう接していいのかよくわからなくて、一般的に「こうしたらいい」みたいなのはあると思う。

例えば目が見えない人だったら「何かお手伝い必要ですか?」って聞いてその人が自分の肩に手を当ててもらってそれで一緒に歩くとかそういうことを、マニュアル的なものはあると思うけれどマニュアルではカバーできないことがあると思う。それは人が一人一人違うようにその人もどうされたらいいのかっていうのは一人一人違うよね。

普通の人も一緒だけどさ、「お酒を飲みながら話したい」って人もいるし、「お酒は絶対駄目です。会議室みたいなところで話すのがいいです」とか。あと「話すのが苦手だからメールがいいです」とか色々あるわけだから、「その人を知る」っていうのが一番じゃないかなと思う。

障害者だからどうしたらいいんだろうではなくて、その人を見てその人の思考に合わせて「だったらこういうふうにしたら気持ちがいいかな」とか「手伝ってあげたらいいんだな」と人としてみて考えるのがいいのかなと思う。

岩村:個々によって違うってことだよね?

小澤:そうそう。マニュアルないよ。マニュアルあっても「一人一人違うよ」っていう。

岩村:正解のない世界。

小澤:うん、そう。

岩村:自分の経験のなかで高校の頃だと思うんだけど、スポーツジム、市の施設のトレーニングセンターみたいなとこがあって、そこにトレーニングに行ったら車椅子の人が来て動きにくそうなことをしてたから「何か手伝いましょうか?」といったら「いや、いいです」って断られて、別々でトレーニングしてたんだけど、そのうち帰っちゃったから、「声かけない方が良かったかな?」と思ったことあるんだけど。

小澤:いや、でもいいんじゃない?必要だなって思ってる人もいると思うし。「何かお手伝いしましょうか」っていう言葉はすごく私は全然いいと思う。

岩村:むしろ一声あったほうが全然いいって感じ?

小澤:うん。いいと思う。

岩村:その辺も個々で全然違うってことだよね。

小澤:そう。なんか手伝われるのがすごく嫌だっていう人がいて、私の知り合いの車椅子の方は急に押されたりして、「手伝ってあげたほうがいい」って思われるらしくって、勝手に車椅子の後ろのとこ掴まれて急に押されたり、勝手に電車に載せられたりするのがすごく嫌だって。「私はいつも一人でやっているから私はお手伝い要らないし手伝って欲しい時は言うし、勝手に何かされるのはすごく許せない」って言っていて、「何か必要ですか?」って聞くのは別に失礼なことじゃないし、いいと思う。むしろそれが必要じゃないかな。

その子すごい面白いなって思うんだけど、ディズニーランドの話をしていた時に障碍もっていると早いルートで通されたりするんですよ。並ばなくてもいいように。一応待った程で40分待ちだったら40分後にそこに行けば乗れるんだけど、その子は「それが嫌だ」って。「みんなと同じように並びたい」って。「自分だけ特別扱いされるのが嫌だ」って。「どうして私たちは並べないのか」って。

岩村:逆に?!

小澤:逆に。「特別扱いされないで皆と同じ事をしたい。だからディズニーランドでも並びたい」って言うんだよね。それ面白いなあって思って。私だったら「超ラッキー♪」とか思っちゃうけど。その子は生まれたときから障碍者で、生まれたときからそういう特別待遇をされているから、だから「皆と同じがいい」って。

岩村:違いを感じちゃうのかな?そこで。

小澤:そうだね。面白いなあって。だから人それぞれだよね、障碍もっててもさ。

3.一番辛かった経験とコミュニティの重要性

 

岩村:今まで何が一番辛かったかについて聞いてもいい?

小澤:うん。やっぱり誰にも分かってもらえないとか、自分は独りぼっちだって思うことが一番辛いかな。障害を持って何かできなくなることよりも疎外感とか独りぼっちが辛い。

岩村:一番感じたのってどういう時?

小澤:病気が分かって誰にも言えなかった時だよね。

岩村:分かったっていうのは二十歳の時?じゃなくてもっと前の時?

小澤:二十歳のときに病院の先生に言われたんだけど、誰にも親以外に、誰にも相談できなくて。子供の頃も症状のこと誰にも言えなかったんだけど、二十歳の時も自分の気持ちに蓋をしちゃうパターンがすっごく多くって。平気で装ったりとか、すぐしちゃう。

岩村:動きたいのに動けないとか?

小澤:動きたいのに動けない。そうねえ。みんなに本当はわかって欲しいけど、なんか言えなかった。本当のことは言えない。本当のことを言ったらみんなが離れてくって思ってた。

岩村:離れてくって言うのはその、嫌われちゃうってこと?

小澤:嫌われちゃったりとか「面倒くせーっ」て思われたりとか。友だちが誰もいなくなっちゃうんじゃないかとか。親は親で私の病気のことは知ってるけどそのことはあんまり話題にしないようにして。もっと心配かけちゃうんじゃないかなって。

岩村:キッツイよね、その状態って。

小澤:キツかったし、いまもそれが癖が残ってて、なんか辛いことがあっても、なんか言えないんだよね。

岩村:本当は誰かに話したい、みたいな?

小澤:んー、話したいとも思わない。

岩村:思わない?

小澤:うん。隠して乗り越えようと思う。自分の中で。っていうのがあるなーって最近気付きました。

岩村:自分なりの処理はできてるの?

小澤:できてないからすっごいストレスたまって、結構鬱っぽくなっちゃったりとか、旦那さんにすっごい当たっちゃったりとか。

岩村:あたっちゃうんだ!

小澤:あたるー(笑)あたったりとかしちゃうんだよね。それと車椅子に乗るとね、足動かさないから鬱っぽくなる。

岩村:あ、そー!

小澤:すっごい。やっぱね、身体動かす事ってね、人間にとってはすごく必要だなって。動かないなりにも一生懸命歩いてた頃はね、違う。落ち込みやすいし嫌なこと悶々と考えちゃうし、嫌ですね。

岩村:そういうのあるんだね。

小澤:すんごい鬱病になりやすい。

岩村:なんかその辺の対策って考えられてるのかな?

小澤:まあなるべく体を動かすっていうことかな。デンマークで見てきたんだけど、デンマークは予防医学が発達してて医療費が無料なんですよ。全員ね。そもそも病気にならないように運動しましょう!体育の授業の時間が日本より長かったりするんだけど、障害持った人も運動しよう!っていうので、障碍持っていても運動できる器具が結構多くて、足全然動かなくても自動的に動かしてくれるマシンがあってそれやると全然違うって言ってた。

岩村:全然違う?

小澤:養護学校の先生がこれやると全然違うって。これやるとみんなの体調がいいって。

お通じもよくなるし、そういう元気がない子たちもすごく活発になるし、運動は必須なんですよ。それは障碍もってても、もってなくても一緒なんですよって。

岩村:身体動かすことって大事だね。

小澤:そう、大事大事。だからやっぱり身体動かすことと、あとやっぱ「マイノリティーって話が出たけど人に言えない悩みも多いんだろうね。鬱の人だとね。普通の友達にはわかってもらえない。それを共有できるコミュニティなり仲間がいるってことも重要なのかなって

岩村:共有できるって「車椅子の人たちで」ってこと?「車椅子じゃない人たちと」ってこと?

小澤:車椅子の子でもいいと思う。自分の口に出して発散できる場があるべきかなって思う。私たち車椅子の子たちと繋がったとき、めっちゃ話が止まんなくなって、なんだろ。

岩村:車椅子あるある的な?

小澤:あるある的なので本当に話止まんなくて、今まで友達と話しててもこんなことなかったな。別にね普通に楽しい時間を共有して当たり障りのない話をしたりとか、普通に遊ぶっていう感じだっんだけど、あるあるとか悩みとか話しまくってたら毎日終電を逃すくらいまで。。

岩村:ええー!

小澤:そう、いっぱいある。だから終電の話でいうと私達エレベーターでしか移動できないんだけど、終電まで動いてないの。

岩村:ええー!?そうなんだ!!

小澤:だから10時までしかやってなくって、「え、なにこれ?車椅子は10時までに帰れってこと?」

岩村:ええー!それ知らないよね!

小澤:とかね、なんかそういうのから始まり、体の悩みだったりとか変な目で見られたとか、なんか本当に普通のね、健常の友達とは話せないようなこといっぱい話して。結婚したいって子もいるんだけど親が車椅子だとなかなか出逢いがなくて、すごいかわいいんだけど、出逢いないから出会い系サイトに登録してるんだけど、「いつ車椅子だって言おうか迷う」みたいな。

岩村:そうだよね。

小澤:そうそう。とかね、なんか尽きない話です。

岩村:なんか車椅子座談会やりたくなってきたな!

小澤:やりたい!私たちね、三人揃うと話止まんなくって。「そうだよねー!」とか、「こんなことがあってさー」「ありえないよねー」ってことがいっぱいあるし、一人で我慢するよりはみんなで共有したほうがね、少しは気持ちが楽。

岩村:僕らがやってる傾聴オンライン講座って、人の話を聞いて共感していくのがテーマなんだけど、その辺とうまく通じる部分があるなあと思って。

小澤:うん!

4.小澤綾子にとっての「聴く」ということ。

岩村:綾ちゃんにとって「傾聴」とか「聴く」ってどういうものであったらいいなとか、ある?

小澤:傾聴‥。でも表面的なことを聞くんじゃなくてその人が本当に思っていることとかを引き出してもらえるくらいの質問をされると「傾聴されたな」ってすごい聴いてもらえたなっていうのがありますよね。

岩村:例えばさ、今車椅子で車椅子だから話せることってあるじゃない?例えば僕ら今カウンセラーやってて、どう言う対応・姿勢だったら話してみたいなとか、話そうと思う?

小澤:そうねー、まあでも一つ聞いてもらえるっていうのはいいかも。私は講演会とかで「こういうことがあったんですー!」「こういうとこ変えたいんですー!」「こういうことありえません!」みたいなこと言えるけど、どこにも声をあげれない人たちもいっぱいいるから、そういう人たちは言葉で発して誰かに伝えるってことで自分自身スッキリするじゃないけど、自分の中で処理ができることが多いんじゃないかなと思う。だからその、誰かに聞いてもらえるっていうのは車椅子とか障害を持った人にはいいし、必要なことかな。

岩村:そういう場が、というか。

小澤:場が!って思う。それはね、多分ね、明確に気づいてないと思う。本人たちが傾聴してもらう必要があるって思ってないと思うけど、でも必要なことだと思うんだよね。

岩村:見えないニーズみたいな。

小澤:そうそうそうそう。話してみたらなんかちょっとスッキリしたとか気持ちの整理がついたってなればね。本人達には傾聴が必要だという答えには気付いていないと思う。

岩村:あれば嬉しいというか、意味があるというか。

小澤:と思う。

岩村:その場は是非作ってみたいよね。

小澤:うん。是非是非!なんか私たちも座談会したい。そういうのみんなで集まってね。交換したいな。

岩村:できたらその声をサイトに上げてみたいなって思うんだけど。

小澤:いいと思うね!

5.人生のターニングポイント

岩村:綾ちゃんが筋ジストロフィーになってから今みたいな社会活動っていうか、前向きになった瞬間ていうか、ターニングポイントみたいなのがあるじゃない?

小澤:うん、そうね。まぁでもよく話すきっかけは2つあって、1つは病院の先生が叱咤激励してくれたこと。患者だったけどすごい先生に注意を受けて「そういうふうにずっと下向いて生きてくつもり?そんな人に将来誰も寄ってこないよ。あなたはこのまま1人で寂しく死ぬんだね。て言われたのがすごい衝撃的だった。それで先生見返そうと思って、どんどん色んなことやるようになって「先生今度は海外旅行に行ってきました!」てことをしたりとかいろいろ先生をギャフンと言わせようと思って前向きになったかな。

岩村:なんかイメージ的には優しい先生じゃなくて、ヘレンケラーのサリバン先生みたいなんだけど。

小澤:あ、そうだね!

岩村:それに近い感じ?

小澤:うん。厳しいけど本当に私の事考えてくれて出てきてる言葉だから。なんかね今でも先生に連絡したりとかするから。

岩村:そんなに厳しそうに見えないんだけどね。

小澤:うん。でも言う事きつい。

岩村:あーそうなんだ。綾ちゃんだからかな?綾ちゃんだからそういう言い方をしたのかな?

小澤:でも先生みんなにそういう感じ。厳しい。患者に対して厳しい。

岩村:そういう姿勢でやってるんだ。

小澤:患者のことを本当に考えてストレートに言ってるっていうか。まぁ嬉しいけど。今思ったら。

岩村:そこに愛は感じる?

小澤:初めは、「なにくそ!」って思ったけどね。でもよくよく考えてみたら、「まぁ確かにそうだよなあ」って思って。だから誰も言ってくれなかったことを先生が言ってくれたなって、思う。

岩村:なかなか言える言葉じゃないよね。

小澤:病気の人にそんなこと言えないよ。「死ぬ」とかさ。

岩村:ある意味同じ目線で見てくれてたってこと?

小澤:そうそうそうそう。やっぱ人として見てくれてたんだなって。いくら病気があってもいくら障害があっても同じ人だから。「だめなものはだめだよ」って言ってくれたんだなって思う。

岩村:すげー信念持ってる気がする。

小澤:そうそう、だから本当にすごい。超尊敬している。

岩村:あともう一つは?

小澤:あともう一つはやっぱり歌かな?

岩村:英治さん?(※)

小澤:そう!自分にしか歌えない歌をプレゼントされたっていうのはすごくおっきい。

※英治さんは「小澤さんに歌を歌って欲しい」と歌詞をプレゼントしてくれた同じ筋ジストロフィの仲間で、それがCDとなっているのが「嬉し涙が止らない」という曲です。

6.見守ってくれる者の存在。

岩村:見守ってくれてる人の存在って大きいかなって思うんだけど、綾ちゃんにとって見守ってくれてるみたいな存在の人って誰かいる?

小澤:見守ってくれてる人かー。まあでも親かな?うちの親は結構ね、どんなことも受け止めてくれる。病気の自分が悪態ついた時も受け止めてくれたし、今もやりたいこと応援してくれるし、親がいなかったらここまで立ち直れなかったかな。

岩村:親の存在はでかい?

小澤:辛い時も、自分が一番辛いと思って、ずーっと涙を流してきたのは自分だけだと思ってきたけど、両親がテレビ番組でインタビューを受けてた時の映像みると、「毎日病気がわかってから泣いてた」って。そういう姿私に一切見せてなくて、本当は親もすごい辛かったんだ。本当は自分ではどうすることもできないことを子供が悩んでるってことがすごく辛かったかもしれないのに、何も言わずそばにいて支えてくれてたんだなって思うと、本当に大きな存在です。

岩村:でかいね!

小澤:うん。あとね、何しても一番喜んでくれるよね。一番の応援団。なんかね「本出したよー」って言うと一番喜んでくれるの親だし「テレビ出たよー」って言っても一番喜んでくれるの親だし、なんか嬉しい。

親だから身近に居すぎると衝突するけど、でもやっぱり一番支えてくれて一番の応援団は親だなって思う。どんなことがあっても親は私のことを支えてくれる。旦那が、裏切っても(笑)

岩村:裏切らないでしょ(笑)!?

小澤綾子さん、ありがとうございました!!
小澤さんが発信してる情報も良かったらご覧くださいませ。


◆小澤綾子さんHomepage:筋ジスと闘い歌う 小澤綾子
◆小澤綾子さんブログ:進行性難病筋ジストロフィーと闘い歌う小澤綾子のブログ

◉現在販売されている小澤綾子さんの本
10年前の君へ―筋ジストロフィーと生きる」 (すーべにあ文庫)


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◉小澤綾子さんCD「嬉し涙が止まらない」
共に筋ジストロフィーと闘った仲間、英治さんが遺してくれた歌をCDにしています。
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◆小澤綾子さんの動画
ドリプラ世界大会2015 感動大賞 | 小澤綾子
HOPE for tomorrow 小澤綾子
嬉し涙が止まらない WeddingVersion

21件のコメント

  1. 記事があって、コメントがあって、そのコメントにコメントがあって繋がっていくのがすてきだなと思います🌼

  2. みちわくさんのコメントは、素敵ですね😊
    グッと来ました。
    「眩しい方」「マイノリティの中に置かれても、自分は自分である」と少し自信を持てるようになりました。
    この辺がいいと。
    そのまんまで申し訳ないですが、そんな人に私もなりたいといういい刺激もらいました😊💕

  3. 文章を何回も何回も読み直させていただきました。なんていうか小澤さんは私にとって「眩しい方」でした。自分の考え方、生き方を考えさせれ、「マイノリティの中に置かれても、自分は自分である。」と少し自信が持てるようになりました。この対談を拝見させていただいて伝えたい言葉は「ありがとう。」です。

  4. 「障害を持って何かできなくなることよりも疎外感とか独りぼっちが辛い。」とのこと。
    引き合いに出して同じというのは軽々に過ぎるが、元気がないときに、その元気のなさよりも、元気がないことで人と関わりづらく、独りになっていることが確かに辛かったなあと。

    「車椅子あるある」の会話で悩みとか話しまくってたら終電を逃したと明るく話される小澤さん。
    でも、そうして遅くなると、エレベーターが動いていない。。。

    「どこにも声をあげれない人たちもいっぱいいるから、そういう人たちは言葉で発して誰かに伝えるってことで自分自身スッキリする」「誰かに聞いてもらえるっていうのは車椅子とか障害を持った人にはいいし必要なことかな」
    できることが我々にもありそうです。そうした場づくり、仕組みづくり。

    そして「だめなものはだめだよ」って言ってくれる先生。支える力はどうあるべきかを語ってくれているように感じました!^_^

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