傾聴対談:検事にとっての「聴く」とは?


中川深雪さん
中央大学法科大学院特任教授(派遣検察官)

主な職歴:さいたま地方検察庁総務部長、東京高等検察庁検事、最高検検事、内閣官房副長官補室内閣参事官、東京地方検察庁検事、法務省大臣官房司法法制部参事官、東京地方検察庁検事、新潟大学大学院実務法学研究科教授兼駿河台大学大学院法学研究科教授、法務省大臣官房付検事、東京地方検察庁八王子支部検事、法務省大臣官房司法法制部付、法務大臣官房人事課付、浦和地方検察庁検事、横浜地方検察庁検事、広島地方検察庁検事、東京地方検察庁検事


岩村 剛
日本心理療法協会カウンセラー。
禅の修行に取り組む傍らビジョントレーナー、カウンセラー、コミュニケーション講師として活動している。
​岩村剛サイト】Rockvillage.site


1.人はなぜ犯罪を犯すのか。

岩村:中川さんはどうして検事になられたんですか?

中川:父親が弁護士だったんですが中学2年生の時に交通事故で亡くなったんですね。
その父親が亡くなる前から、私が「裁判官に向いている」と、そういうことを言っていたらしいんですね。それが遺言のような形になったというか、勉強して京都大学の法学部入りましたが、その時にも検事になるとは思っていませんでした。

司法試験に合格した後、司法修習というのがあって、そこでは実際に検察庁、裁判所、弁護士事務所に行って実際の実務を体験するんですけど、最初が東京地検に修習したんですね。その時の雰囲気が和気あいあいとしてみんなが自由にしていて、一見すると検察の世界って上下関係が強くって体育会系で厳しいっていう面もあるんですけど、居心地がいい感じがしたんですね。それが理由の1つ。

それともう1つは「人はなぜ犯罪を犯すのか」というところに興味があったんですね。それまで私が生きている世界というのは身近に犯罪者がいるような世界ではないわけです。犯罪者は特別な人で全く想像がつかないというイメージがあったんですけども、例えば家庭が貧しい中で育った人が全て犯罪者になるわけではない。

その中でもきちんと真面目に生活する人もいればやっぱり周りの環境も含めて犯罪の方に流れてしまうっていう人もあるわけですよ。それが何なんだろうと。なぜそういうことが起こるのか。

究極人を殺めてしまう、本当に取り返しのつかないことにどうしてなってしまうのか。そこに興味を抱いたのだと思いますね。

岩村:そうだったんですね。志望動機ともなった「人はなぜ犯罪を犯すのか?」についての中川さんの答えというのは、今出てるんですか?

中川:これまで検事をやってきて自分の中での結論は、「私も犯罪者になるかもしれない」ということですね。最初の頃は犯罪者は自分とは全然遠い存在で、全く想像もできないと思っていたんですけど、被疑者の事情聴取をして「なぜそういうことになったのか」ということを聞いていると、決してその人が特別な人生を送っているといたのではなく、「自分とどこが違うの?」と。多少育った環境とかはありますよ、もちろん。やっぱり生活が苦しいとか、あるいはストレスが溜まって覚醒剤にはしるとか、色々ありますけども、「もしかしたら自分も同じような境遇におかれたらそういうことをやってしまったかもしれないな。私はたまたまそういう境遇にいなくて検察官という仕事をしているけれども、それはたまたまであって、もしかしたら私でもそういう同じような環境に置かれたらそういう風になったかもしれない」と思ったら、犯罪を犯すというのは、ある意味では偶然の産物ともいえます

ちょっと比喩的な言い方をすると、拘置所の塀の上を歩いていて、私はたまたま拘置所の塀の上から拘置所の中には落ちなかった。たまたま運が良くて落ちなかっただけなのかもしれない。これが今の私の答えですね。

2.検事の「聴き方」

岩村:中川さんにとって「聴く」っていう部分をどんはふうに捉えているか、伺えますか?

中川:検事の仕事で「聴く」というのは非常に大事な、重要な部分を占めているので、傾聴という言い方はしないですけども、話を聴く仕事だと言ってもいいかもしれません。それは被疑者でもそうですし、目撃者とか一般の人でもそうです。

何を聴くかというと、過去に起こった事で「その時に何を見ましたか、どんなことが起こったかを言葉から記憶を呼び戻してもらって聴くっていう作業なんで、どちらかというと「事実を聞いていく」という部分が非常に強いです。

今なら防犯ビデオとかがあるので犯罪そのものがリアルタイムで映っている場合もあります。これは機械だから人の記憶の誤りだとか認知の誤りとかないですけど、人の記憶は、まず見た時にどういう状況だったのか、正確に見れたのか、暗くなかったのか、その人の視力は良かったのかという話しているとまずは知覚の部分。次に知覚できたとしても記憶が正しく残っているか、さらにその記憶を正しく叙述できているか、表現できているかという四過程が大事なわけです。そこに重点をおきながら聞いていくわけです。

岩村:四過程、もう一度教えてもらっていいですか?

中川:知覚、記憶、表現、叙述。

知覚をしますよね、それが記憶になるわけです。過去のことだから。で、それを聞き出す。何があったかって聞くときにまさに記憶通りに表現できたか。そして叙述。正確にそれができているかとかね。これはね、法律家はみんな知っています。

人から話をするときに、そこにいろんな誤謬が入るというのかな。供述証拠というんですが、それの証拠能力‥まあ難しい話になっちゃうんですが、そういう問題があるんですね。それをきちっと正確に理解して聴くっていうことが求められるんですね。

だから傾聴というのとは違うかもしれませんが、事実を正確に聞き出す能力っていうのが非常に大事です。

岩村:そもそも人間の記憶って優秀じゃないんじゃないかって思う部分てあるんですけど‥。

中川:それはありますよ。心理学の方から言うとね、記憶というのは騙されやすいし、脳が勝手に記憶をかえるっていうでしょ?だから「できるだけ」としか私達も言えない。

だからいろんな人の話を聞きながら、AさんとBさんで同じ場面を見ても「この人は何回殴った」とか。「3回だ」って人もいるし、「5回だ」って人もいる。そういう話を聞いたときにどっちが正しいのか?っていうのを判断しなければいけない。3回なのか5回なのかという、事実は一つしかない。なのでそれぞれの記憶の違う部分を証言を聞きながらどれがより事実に近いのかというのを探っていく作業をする。明らかに嘘をついている場合もありますよ。だけれども記憶が飛んじゃってるだとか、長く時間が経っちゃってるという場合もあるし、「目撃証言の心理学」というのもありますよ。

岩村:そんなのあるんですか?!

中川:ありますよ。この分野ってね、心理学の中でも大きな部分を占めてるんですよ。目撃者の心理。記憶は騙されやすいと。

アメリカの心理学者の行った実験なんですけど、被験者に交通事故の写真を見せて、一週間後にまた来てもらって、そのときに質問者が二種類の質問を投げるんです。

「このsmashed(激突)した車の窓ガラスは割れていましたか?」という質問と、それと「このhit(ぶつかった)車の窓ガラスは割れていましたか?」という質問。「激突した」ということだとかなり激しく当たったイメージがあるでしょ?

岩村:「前提が刷り込まれる」って感じですね。

中川:そう。本当は窓ガラス割れてないのに、「激突した」と聴いた人の方が窓ガラスが割れていたと答えた人の割合が多かったという結果がだされています。これによって質問者がどういう言葉を使うかによって記憶が「汚染される」っていうようなこともあるので、質問者は質問する言葉を気をつけなさい。出来るだけ客観的に予断を入れないでする。こういうのは公判における証人尋問で出るときもあるんです。私達が主尋問で聞いていくわけですけど、その時に「あなたは今こう言いましたけど」っていう「こういう」っていう中身を色付けしちゃうとかね。するとやっぱりそれに引きずられちゃうので。だから記憶が違ってきたりとか。そういう意味では心理学とかはこれからますます必要になってくるでしょうね。

岩村:法律だけじゃなく心理学の勉強も必要になってくる。

中川:そう。だからまあ傾聴という意味を捉えると、事実をまず正確に捉えることがまず一つ。でもそれを機械のように淡々と出来るかっていうとそれはできなくて、相手にやっぱり「寄り添う」いうところは出てきますよ。それは同情するとかではないんだけれども、やっぱりその話をしてもらう人にこちらが真剣に話を聞いている。「あなたの話を真剣に聴いていますよ」と。やっぱり理解をしてもらわないと記憶を喚起する作業ってすごい大変なんですよね。

だから「もう一回、よく考えて思い出して下さい。そん時まず、どんな場面がまず浮かびますか?そん時に匂いを感じました?」って、いろんなことを探るために寄り添うということはあるし、遺族の感情に寄り添うっていうこともあるし、反対に被疑者に寄り添う場合もあります。検察官は被疑者からすると敵なわけですね。

敵なんだけれども「この人は私が話すことを理解してくれようとしているかどうか」ということは相手か話すかどうかに非常に大きな心理的な意味あいがあります。別に迎合するという趣旨ではなく、その人の単に犯罪をしたことだけにフォーカスをするのではなく、この人がどんな人生を歩んできたのか。子供時代はどうだったのか。どんなところに住んで、親御さんとの生活はどうだったのか。普段はどんな生活をしているのか。趣味はなんなのか。そういうことも話をしながら相手を理解していきます。その中で共通項があれば「ああ私も昔こういうの好きだったよね」とか自分をさらけ出すっていう部分もどうしてもある。

相手の人生を聞く以上は自分の人生もやっぱりね。自分はどういう人間なのかというのをある程度話ながら、お互いの人間性を話しながら。そこは一種独特なものがありますね。だから刑事さんがよく調べをしていく過程の中で情が通じるわけですよ。それから刑務所に入っても交流が続くとかね。「本当に悪いことをした」と真実を吐露した被告人ほど、更正しています。そういう事実は引き出しながらも相手を理解するという点では傾聴というところもやっぱりやってるのかもしれないですね。

岩村:今の話を聞いて思ったんですけど、先ほどの四過程はいわゆるロジカルな、「論理的な」部分での聞き出し方ですけど、さっき言われたのがどっちかというと「人間的な」部分。ある意味それってストレートに聞いているんじゃなくて、結局相反するもののようでその2つがないとうまくいかないのかなって感じましたね。

中川:そうですね。いきなり「あなたこの時何しました?」とかね、「あなたここで相手に対して殴りましたか?」とかね、初対面なわけです。ほとんどね。人間関係ない人に対して、ましてや言いたくないことを話してもらわなきゃいけないんで、そういう場面て普通ないでしょ?

岩村:ないですね。

中川:日常生活ないですよね。「今日寒いね」とか「寝れた?」とか、「ご飯食べれてる?」とかその人の気持ちをほぐすような部分はありますよね。でも最後はやはり「あなたのやったことは間違いは間違いだよ。ここであなたが選択した部分は、ここではこういう風に行くべきじゃなかったよね」っていうことを言って最後は理解してもらおうとしますけどね。「でも私ならしないわ、そんな事」って言っちゃったら、相手は「この人わかってくれないな」って思うでしょ。だからそれは、何か一線を越えるまでのところにね、犯罪を起こすところにはいろんな事情が重なるから。その中にはぐっと自分を抑えている、悔しい自分を抑えている。被害者のほうがどちらかというと言い過ぎるところがある。そういう場合もあるしね。色んな場面があるので、そういうところは「それはちょっと悔しいよね」とか、やっぱりそういう風に言って理解する場面もありますから。

.「聴く」とは、相手を理解すること

     

岩村:今の話を聞いて思ったのは被疑者といえども検察側の方が相手を「理解しよう」としている姿勢か垣間見れるというか‥

中川:たぶん検事はみんな思ってるんじゃないですかね?自分が検事だからね、「相手を喋らせればいいんだ」とか、たぶんそうではなくて検察官になる人はそういう気持ちは大なり小なり持っていると思いますよ。

岩村:相手を理解したい気持ち?

中川:理解するという気持ちですね。客観的な部分は置いといて、その犯罪を犯すに至った心理的な経過ってあるでしょ。これはやっぱり聞くんですね。そん時に色んな会話をしながら色んなトピックがあるでしょ。「その時にあなたどう思ったの?」っていうその人の気持ちの揺れ動いている部分ということも聞いていくわけです。それを「動機」という風にいうわけです。あるいは殺意があったのか無かったのか、「主観的な部分」というのが必ずある。そこを聞こうと思ったら自分もある意味そこは一体化しないとわからない。

こういう場面で被疑者と同じように置かれたら自分はどう考えるかなぁと。で、「そうなの、それじゃあどう思ったの?思って次何やったの?」人の行動って必ず理由があるから行動しているんで、ひとつひとつ見ていくとやっぱりその時の「動き」っていうのがあるわけです。それを追っていくので、そこは「追体験」してる部分も若干あります。だから、「ああそうか、その時に相手から追いかけられたから、そりゃ腹立つよなぁ」とか、喧嘩が起こるとかね、そういうのを聞いていきます。事実を確定するのと同時に客観的な事実と同時に心の動きというのも同時に聞いていきます。

岩村:検事さんと被疑者の関係性って対立軸に思っていたところがあるんですけど、「一体である」とか、「信頼関係」とか結構重要なんですね。

中川:ありますね。大事ですね。そういうのが作れて、かつ本人が納得して本当のことを語るのが一番いいでしょうね。今はなかなかね、取り調べの形も変わってきてるので難しいとは言われてますけど。でもやはり検察官になった人はそこを考えているのではないでしょうか。

岩村:お仕事の中で「心の部分」て結構大きいですね。

中川:考えたら大きいかもしれないですね。もちろん勝手に解釈するだけでなく行動が伴うものなので、客観的な部分と合致するかどうかは見ていきますよ。だけれどもやはり心という意味では、そこも理解していないとできない。

岩村:まとめるのが難しいと思うのですが、中川さんにとって「聴く」とは?と言われたら何て答えます?

中川:聴くとは、やっぱり「相手を理解すること」なんだと思いますね。
自分の意見を入れないでとにかく相手の言いたいことを聞く。そうするとその人のその姿というのかな、その人なりというのが見えてくるので、なぜこの人は今そのことを喋りたいのか。そのときに喋ったことの中にどんな感情があったかとか、言葉としては出てこないけれども、本当はこれが言いたいんじゃないかとかね、表面に出てくる言葉だけじゃなくてそういうことも含めてその人を理解する。理解しようと思って聴く。一回だけでわからない場合もありますよね。やはり聴くというのは非常に大切なことです。

中川さん、貴重なお話ありがとうございました!

5件のコメント

  1. 普段、お話を聴けないような検察官という職業の方の考え方やスタンスが聴けて驚きの連続でした。私の中での検察官のイメージは高圧的に自白を強要するようなイメージでした。被疑者に寄り添い、相手を理解するという点で検察官の方に対するイメージが変わりました。最も印象に残った言葉は中川検事の、聴くとは、やっぱり「相手を理解すること」という言葉です。これは傾聴の本質に近いものかもしれないと思いました。貴重な対談を本当にありがとうございました。

  2. 私たちが勉強している「傾聴」ととても重なりますね。自分の感情は置いておいて、相手の話を聞き、「追体験」をする。自分も同じよう環境に置かれたら同じ事をしたかもしれない。
    この人はなぜ今この話を喋りたいのか、本当は違うことを喋りたいんじゃないか。
    相手の心に寄り添って、深いところを理解しようとしているのか伝わってきます。こんなに心を使うイメージはありませんでした。
    傾聴ってあらゆるところでなされているんだなぁ、と、改めて思いました。

  3. 素晴らしい傾聴対談をお知らせくださり、ありがとうございました。
    『相手を理解することが、検事の傾聴』、このような傾聴の姿勢は、検事ではなくとも、すべての人にとって、とても大切なことと思います。相手の心を思いやり、共感すること、それは、『愛の行為』と思います。
    中川検事のますますのご活躍をお祈りいたします。

  4. 私の友人に、
    高校卒業してから
    出会いカフェ→風俗→北海道出身の
    男性と知り合い北海道に行き
    以来疎遠になりましたが、
    どんな生き方していても
    自分が幸せなら
    他人に流されず、貫くべき
    で、社会にはんしてなければ
    どう生きようと自由で
    アメリカではその考えが
    強いですが、日本は
    世間やモラルや皆に合わせる
    傾向が強く少しでもずれると
    社会せいがないとか変わった人
    扱いで、その傾向にとらわれる
    ほど個性や主体性がなくなっていると
    思います。
    その友人と、メールは
    つながってましたが、生きづらい
    定職つけなければ、食事も
    住むのにも不自由なら、わざと
    悪いことして、牢獄にはいりたい
    刑務所がいっそ楽しそうと
    話してくれてました

  5. 傾聴対談は、普段なかなか話せないようないろんな職業や活動をしている人の色々な思いに触れられ、へーって感じで、おもしろい。興味深いねー☺️
    印象的だったとこは、『拘置所の塀の上を歩いていて、私はたまたま拘置所の塀の上から拘置所の中には落ちなかった。たまたま運が良くて落ちなかっただけなのかもしれない』というところ。

    最近思うのは、話を聞いてあげる、傾聴っていうけど、相手が話をしてくれて、聞いてほしい、話したいという気持ちになって、聞く側が生まれ、傾聴にもなるということ。
    話す側は、これを話す場や人とかを感じて、話をしてるから、聞き側はそういう人にならないと聞き側にもならないって。
    『たまたまなんだよね。私が、拘置所かもしれない。。』そんな気持ちが、傾聴する·される関係を支えてるのかなって。

    いつも勉強になります。どうもありがとうございます♥️

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