安いカウンセリングについて思うこと。

安いカウンセリングについて思うこと。

1.カウンセリングの料金について

値段の価値というのは様々で、それは物でもサービスでも有形無形問わずそうなのでしょうが、形のないものに値段をつけるのは難しいですよね。

それも自分の気持ちを切り替えてもらうのがいくらかとなったら、それにかかる時間や方法も気になりますが、「本当に変われるならいくら積んでも構わない」という人もいれば、「お金をかけてまでしたくない」という人もいるかと思います。

カウンセリングは決して万能ではないし、カウンセラーとクライエントさんの相性にもよりますので、1回のしかも短時間のセッションで劇的な変化をみることができるかと思えば、その場は良くても家に帰ったらまた元の感情に戻っていってしまう‥というケースもあるようです。

カウンセラーのスキルにもよるでしょうが、100パーセントの効果が期待できない以上、面識のないカウンセラーに高額なセッションの依頼は躊躇がでるでしょうし、安かろう悪かろうでは「受けないほうが良かった」ともなりかねません。

基本的にできる限り安く済ませたいという感情が働くことは否定しませんが、海外ではセレブと呼ばれるような人々が積極的に高額なセッションを受け、自分のセルフメンテナンスをしていることは有名です。

このあたりがまだ日本人にはあまり馴染みがない部分であり、無い文化だなと感じます。

2.夢を叶えたい人の神頼み。

例えば初詣や、神社何か夢を叶えようと思ってお願いをする時、皆さんはお賽銭をいくら入れますか?
そもそもお賽銭というのは、本来祈願成就のお礼であって‥というのはとりあえず置いといて。

一種の願掛けとしてお賽銭をしている日本人が多いように感じます。願掛の方法は他にも百度参り、水垢離、茶絶ち・塩絶ちのような断食、毛髪や写経、絵馬などの奉納などがあります。

共通するのは、心身を清浄で堅固なものとするため自身に苦行を課して神や仏にその願いに対する真摯な姿勢を伝え、その恩寵・霊験を期待し、自らもその逆境を打破して願いの実現に向けた精神的な決意を得ようとするものですが、なかなかそこまでされる方は現代においては少ないような気がします。

経済活動を生活の中心に据えている私達にとって、もしも神様に祈りを捧げその願いを叶えるサポートを受けたいのならば、懐の痛む金額を納めてこそ、その願いも叶えられると言われたら、なんだかそんな気もしてきませんか?

別に高い金額を納めなさいと言いたいわけではないし、神仏に頼れなどという気は毛頭ないのですが、日本人のお賽銭の平均金額は150円程度だそうです。

自分が神様なら「この人達は本気でその願いを叶える気はないんだな‥」と感じてしまいそうな気がします。そもそも「神様なんて信じてねーしー」という声が聞こえてきそうですが、これは自分の夢を叶えるための投資や担保みたいなものだと考えると面白いです。

3.お金とは何か。

私は昔、「お金とは自由の権利」だと感じています。
お金を払ってその「自由」を得るわけですね。服なら服を着る自由。サービスならそのサービスを受ける自由。その権利を交換している。

その権利を投資して夢や目標を叶えようとする。
その一つの方法が、お賽銭などの願掛けにあたります。

お金で神仏に頼むなど何事ぞ!とも思います。でもそれが自分にとって「腹の痛む金額」だとなると見方は変わってきませんか?

色々と交換可能な自由の権利を「神仏」に納めることにより神仏の助けが得られるというよりも、自分の中で肚や覚悟が決まる、「絶対にやってやるんだ!」という気持ちに変わることが大きいんだと思います。

なぜ長々とこんなことを書いたかというと、カウンセリングに払うお金というのは、これと少し似ているところがあります。無料のカウンセリングはたしかに安い。だが、その効果はどこまでだろう?

無料でも大きな気づきや行動変容は起きますが‥稀なケースです。

本当に何とかしたいなら、「うーん、ちと痛いが‥えいっ!」という金額を払って臨むカウンセリングやセッションは、受ける方が真剣になります。

大きく叩けば大きく響き、小さく叩けば小さく響く。
カウンセラーやセラピストのスキルにもよりますが、それは「クライエントさんが払う金額による」というのがあるのではないでしょうか。

真剣さを、お金を払うことで手に入れる。
言い換えると、ほかの自由に使えた分を放棄してもその問題解決に真剣になる。
ではその金額はいくらか。

これは一率に言えるものではなく、その人にとってその金額がどれだけの価値をもっているかによって変わってきます。

子供なら500円でも痛い。
富豪なら100万でも痛くないかもしれない。
自分の懐が痛まず、親が知らずに支払いを済ませているのなら、それがいくらであろうが関係ない。
カウンセリングで効果を得るために腹の痛む金額を払い、カウンセリングやセッションに臨んだにもかかわらず、選んだカウンセラーがもしダメダメだったらどうするか。

その時は、思いっきりボロクソにそのカウンセラーに言ってやりましょう。
それが、そのカウンセラーの為でもありますから。

お時間のある方はこちらの「カウンセリングはなぜ高いのか?」も合わせて読んでみてください。
https://shinri.online/?p=2632

4件のコメント

  1. どこまで本気で関わるか。
    どこまで本気で解決したいか。
    その本気度の現れの尺度の一つか金額なのかもしれないですね。

  2. あ‼️コメント書いてから、気づいたことがあります。
    ライザップみたいに、これやるとほしい体、体型手に入るという、なりたい自分になれる、今の自分からかわりそうと思えたら、ある程度お金かかっても仕方ないかな、ここはお金かけるとこでしょと思うかな。
    カウンセリングだったら、なんだろう?
    しっかり傾聴してくれて、自分の思い、自分らしさをわかってくれたと感じると、そのカウンセラーの言うことがはいってくる。
    そのカウンセラーのことを好きになる♥️♥️♥️。この人がいい、この人じゃないとダメとなる。そうなると高くてもしかたないかなと思えるかな😃
    ここまで持っていくのは、大変だけど、口コミとかで、良さが広がり、この人に聴いてほしいになるね。
    まあ、カウンセラーって大変なしごと。
    こんなことを書いて気づいたことは、カウンセラーって、誰かの特別な人、アイドルみたい😄
    私もそういう人ほしくなっちゃった😃

    1. なんとなくですが、カウンセラーも芸能人も形のないものを仕事にしていて、お客さんの気持ちを上げるって意味では共通してますし、今のところ日本では資格で食べれる仕事でもないので、ある意味人気商売的なところがあって、芸能人もカウンセラーもいかに自分を知ってもらい、買ってもらうかってところはある気がしますねー(^。^)

  3. 『お金は、自由の権利』なるほど✨
    そうかな。。。って想像してみました。
    そうかなって思いました。

    金額が高いけれど、払って受けに来る時点で、良くなるという気持も強いし 、覚悟やモチベーションがあり、そのカウンセラーもすごい人と見えて効果が大きくでるのかな。
    相当辛くてなんとかしないと死んじゃいそうや手に入れたい現実、夢が、受けることでいい方に向かいそうとなれば、高額でも払う人増えるだろうね。
    友達、同僚とのおしゃべりでも、効果あったりするわけで、高額払わせて、効果がないじゃかわいそう。カウンセラーも、いくらの価値は絶対自分はだせるというのが、必要になるのかな。

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