傾聴対談:臨床心理士から見た公認心理師と傾聴


奥田浩二さん
臨床心理士。こひつじ会グループ(複数の医療法人・社会福祉法人による連合体。)で働く医療職・福祉職・事務職の心のケアをしている。 【こひつじ会グループ】http://www.kohitsujikai.or.jp



岩村 剛
日本心理療法協会カウンセラー。禅の修行に取り組む傍らビジョントレーナー、カウンセラー、コミュニケーション講師として活動している。【​岩村剛サイト】Rockvillage.site


 

1.臨床心理士になったきっかけ

岩村:臨床心理士になったきっかけについて伺えますか?

奥田:市川市に1980年に採用され、2000年市長部局から教育委員会(少年センター)に出向しました。

当時市川市の児童・生徒・青少年への相談支援体制は未整備で、例えば教育センターは市川市立の小学校・中学校・特別支援学校の児童・生徒とその家族のみを相談の対象としていました。主に発達支援です。教育センターが私立に通学する生徒の親の相談を拒んだことが市議会で取り上げられていました。

そこで、異動間もない4月私立学校に通う児童生徒や義務教育を終えた高校生・大学生またはそれと同年齢の有職・無職青年の相談の受け皿を少年作ることにしました。

翌5月には、佐賀バスジャック事件が起きました。

私のボス小牧青少年課長は、この事件を深刻にかつ真摯に受け止めました。家に引きこもらざるを得ず、自らは学校のみならず相談機関に足を向けることも困難な少年に「2チャンネル」に代わる教育委員会によるSNS支援相談を提供しようというものでした。匿名相談を維持するため市川市民以外も利用できるようにしました。

とはいえ、行政は前年度の予算要求と議会の承認によって仕事をしますから、必要な機材を購入するための予算ありません。私は自前のFMビブロ(富士通)を提供し、教育センターのサーバーを中継させ、6月にはインターネットを用いた「少年なんでも相談」をスタートさせました。

その後、口コミで広がった「少年なんでも相談」は、自治体やその教育委員会が相談体制を組めない比較的小規模な自治体に住む青少年からの相談を受けることが多くなってきました。そして地方のケースはしばしば重いのです。その中には希死念慮(自殺したい)・自殺未遂もありました。

小牧課長から、「死者を出して、専門相談員がいないということになったら議会で批難されるだろう。奥田、専門職の方へ進んでくれないか?」との提案をいただいたのです。

私は司法試験への未練があって、伊藤塾という渋谷の予備校へ通学中でしたが、これをきっぱり諦めて、臨床心理士指定大学院への合格に目標を切り替えました。年11月の下旬のことです。20013月受検同月臨床心理士第2種指定大学院に合格しました。


岩村:院の入試と院生生活は大変だったですか?

奥田:入試について 論述(記述)対策等ですが、

(1)専門性、大まかに論点100位について記述できる位で大丈夫だと思います。

(2)論文を英文で読む力、修士論文は必ず先行研究の先(未知のこと)を書いていくことになります。心理学の先行研究は殆ど英文で書かれているので、読めた方が良いです。

(3)修士論文では数理統計的なモデルで自然科学的に心の現象を証明しなければなりません。便利なソフトもあるのですが、研究の構想を作る段階で数学的なセンスがある程度必要です。

(4)働きながらの通学だったので、家事育児は相当程度妻の負担になりました。

この献身を当たり前のように研究に埋没すると悲劇的な結果になります。

(5)経済的な問題。 学費が毎年100万円くらいかかりました。

  その他、通学時間の短縮のためにオートバイを購入に40万円程度を要しました。

 

2.公認心理師について

岩村:公認心理師について奥田先生はどんな風に捉えてるんですか?

奥田:公認心理師制度は複雑です。いろいろな思惑もあると思います。

公認心理師は名称独占で業務独占ではありません。この名前さえつかわなければ誰でもできます。

当初臨床心理士会などのグループが議員立法を目指して自民党に働きかけた「心理師」のモデルは英米モデルなわけですよね。そうすると英米モデルの心理士は博士課程を出ていて、認知行動療法を医療保険報酬を受け取りながら行うことができます。また制限があるもののシンプルな精神薬の処方箋が出せます。

しかし、日本の公認心理師制度場合はイギリスアメリカモデルとは違う。クライアントに主治医がある場合、主治医の指示に絶対的に従います。

 当初の独立モデルの議員立法が、精神科病院協会等の反対にあって、廃案になったのですが、両者が利益相反関係にあったことの他、臨床心理士会の方も、科学的根拠に基づいた例えばCBT(認知行動療法)を臨床に十分な水準で提供できる状態に会員個々があったかなど反省しなければならない点もあるかもしれません。加えて様々な障碍に対する人権擁護など社会福祉的なカリキュラムの構築も指定大学院においては今まで不十分であったように思います。

3.臨床心理士からみた「傾聴」

岩村:奥田先生は「傾聴」っていうのをどう捉えてます?

奥田:傾聴はあらゆるカウンセリングの土台だと思うんですよ。

傾聴するためには沈黙しますよね。

沈黙が「地」になって初めてクライアントの詞が「図」になることができると思います。カウンセラーとの沈黙の生み出す「地」にどのような色、どのような線をひいて、「うまい・下手」などと評価や、描き方についての説得をカウンセラーがするのではなく、一緒にクライアントが描く「図」を受容することから始めようということのですね。心理療法には様々な技術がありますが、

 傾聴はその静けさの中に奏でられる音を待つ瞬間の連続体です。

例えばここ来る時に「JAL 嵐」ってコマーシャルがありました。嵐のコンサートが成立するためには、嵐の声の前のお客さんの「沈黙」が必要なように思います。「ちょっとそこの、ポップコーンうるさいんですけど(笑)」

岩村:面白いですね!

奥田:音がない世界があるからそこに音が成り立つ。傾聴っていうのは、ある意味でクライエントが自己表現していく場を保証する作業だと。傾聴っていうのは聴くだけではなくて、相手の表現を「一義的には否定しない」っていう要素があると思うんですよね。

要するにその相手の表現に対してポジティブである。相手の表現に対して安全と安心を保証していく。だからサイレントの部分でこれを保障する約束をしているんです。

ただし、ここで終わって欲しくありません。きちっとアセスメント(心理評価)もできる。適時介入していける力はつけて欲しいです。希死念慮のクライアントさんに「うんうん」で終わっても「それは良くないことですよ」で終わっても極めて危険で未熟な対応です。

私なら「私はあなたのその死にたいという気持ちはわからないんですけれども、人間ってこう、幸せな時って「死にたい」って思わないと思うんですが、いかがですか?」というような展開です。

これを「死ぬべきではありません」と説得を繰り返したら、それは脱輪の始まりです。クライアントはそのように思った背景を理解してもらおうと説明に移ってしまいます。クライアントの行動を変容するためのポイントからは遠ざかり、希死念慮を強化することになりかねません。

説得はよほどの深い信頼関係がなければその人の行動を変えません。しばしば説得は、クライアントにはありのままの自分が否定されたとしての、カウンセラーの意図する方向と真逆の反応を導きます。

相手を守るためだと、クライアントさんを叱っている人はいませんか?

叱るも、説得を端緒として、クライアントさんの自ら解決する力を破壊します。カウンセラーが自分の怒りを正当化している分手に負えません。

みなさんの方法で進める場合。傾聴を続けながら、クライアントの適応的に変わろうとする言葉があれば「褒めて、強める(強化)」ことが大切です。

クライエント「死にたい」⇒カウンセラー「何かあったのですか」⇒クライエント「こんなことでもういやになりました」⇒クライエント「でも家族を残してはいけません」⇒カウンセラー「お辛いようですが、家族を愛してらっしゃるんですね。家族のためにはなんとかしたいというお気持ちもあるんですね。」

自分の支援するクライエントのニーズは何かってことを色々こう想像できるように。イメージの裏づけしながら、的確に支援できるように。あるいは的確に繋いだ後、他の専門家に、リファーできるようにしましょう。

サイレントはベースで絶対に必要だけど、その上にどのような音楽を乗せることがるのかを一緒に考えていきましょう。全てはクライアントのために。

岩村:奥田先生、ありがとうございました。

 

 

 

4件のコメント

  1. 結論から述べると、奥田先生は本当にクライアントの事を考えていらっしゃると最後の一言の「全てはクライアントのために。」という言葉から理解できました。この対談で沢山の事を学び、疑問も生まれました。まず勉強になった点は奥田先生にとって傾聴とは「あらゆるカウンセリングの土台」である事。その土台を作る為に「傾聴」する為には「沈黙する」事。クライアントを受容する事から始める事。等を学びました。今回の対談の傾聴に対して一番印象に残ったのは「傾聴とは、クライアントが自己表現していく場を保証する作業。」という言葉です。自分の中でボンヤリとしていた「傾聴」が形になっていくのがわかりました。その中でもポイントがあり、聴くだけではなく相手の表現を「一義的」には否定しない点や、「その相手の表現に対してポジティブである。」、「相手の表現に対して安全と安心を保証していく」というサイレントの部分でこの二つを保証する約束をする事が大切だと学びました。しかしここで終わっては駄目であり心理評価と適時介入していける力が必要という点も勉強になりました。後でいくつか疑問点を述べますが、まず第一の疑問点は「どうしたらそういった心理評価と適時介入していける力が身に付くのか?」という点です。自分が印象に残った要点の言葉を纏めますが、「説得は、よほどの深い信頼関係が無ければその人の行動を変えない。」これは経験上確かにその通りだと思いました。「怒るは感情、叱るは愛情」と昔教わったのですが、カウンセリングの世界ではクライアントの自ら解決する力を破壊してしまうのでNGな行為である事も勉強になりました。疑問点その二ですが対談の文章の中で「みなさんの方法で進める場合」と奥田先生は、おっしゃいましたが「他にも方法は存在するのか?」と疑問に残り、あれば知りたいと思いました。この「みなさんの方法で進める場合」大切な事は傾聴を続けながらクライアントの適応的に変わろうとする言葉があれば、「褒めて強める」という事や自分の支援するクライアントのニーズは何かを想像し、イメージの裏づけをしながら的確に支援できるようにする事等、傾聴においての大切な点を学ばせていただきました。「すべてはクライアントのために。」これほど的確な姿勢は無いと思いました。自分の意見を足すと「見返りを求めずに。」こうするとボランティアでそれはもう「愛」かもしれませんね(笑)

  2. 「傾聴は、その静けさの中に奏でられる音を待つ瞬間の連続体」か。美しい表現ですね。それを頭に入れて傾聴してみようと思いました。

    1. 傾聴寅さんがおっしゃる通り、「傾聴は、その静けさの中に奏でられる音を待つ瞬間の連続体」とは、美しい表現ですね。
      たくさんたくさんの経験を積んで、自分なりのものを見つけた人というのを感じました。
      私も、そういうものを持ちたいと思いました。
      今は、まだまだまだです。
      でも、最近、アートみたいと思った。
      コミュニケーションや傾聴、カウンセリングは、アートみたい。人それぞれのコミュニケーションや傾聴、カウンセリングだし、感性を形にして、感性で勝負しているから、アートみたい。アートを評価する時は、好き・嫌いあっても、絶対いいとか、悪いみたいな正解がない傾向。人や考えにジャッジしない世界というのが、アートみたいに、・・・な感じ(の人)みたいな世界かなと思って。
      私の形を見つけたい✌(‘ω’✌ )三✌(‘ω’)✌三( ✌’ω’)✌

  3. 臨床心理士という専門家の方のお話はとても貴重で、興味深く読ませていただきました。公認心理師の背景なんかも面白いですね。

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