会社におけるカウンセリングや傾聴を考える


1.閉塞感のある現代社会の中で

カウンセリングを受けたいという人の中に、サラリーマンの割合というのはかなり多いのではないでしょうか。今ではスクールカウンセラーが多くの学校にいるように、ストレス対策として一定規模以上の企業においてはストレスチェックが義務化されたように、今後はある一定規模の企業においては、学校のスクールカウンセラーのように企業内カウンセラーがいるというのが一つのスタンダードという流れがくるのではと思ったりもします。

年間自殺者3万人と言われる日本。近年においては3万人を切るようになったということは多少喜ぶべきことなのかもしれませんが、あくまで亡くなった方々の数が3万人を切っているという数値なわけで、その前の自殺予備軍や希死念慮を抱えるメンタル不全の人々の数を考えると到底3万人で収まる規模ではありません。

物が溢れる現代日本においての経済活動は、先行き不透明な不安定さを抱えつつそれでも前を歩いていかなければいけない切なさが頬をかすめます。

2.あるサラリーマンの話。

サラリーマン時代に鬱になり、自殺未遂をした経験が私にはあります。

少し長いですが、この話を聴いてください。
私自身が鬱になったのは今から数年前のこと。小さな商社に勤めて4年目を迎えた年のことでした。
気がつけばそれまでに7回転職していた自分としては8社目のこの会社は「何があっても勤め抜こう」と自分に言い聞かせ、自分と約束をして入った会社でした。3年を過ぎる頃には、入社当初の期待感は薄れ、なかなかうまくはいかず伸び悩んでる会社の業績や、口だけは夢を語り行動が伴わない上司の姿に10年後の自分の姿を何処と無く重ねつつ、「自分の人生はこんなもんなんだろうな」とどこか夢や希望という言葉にも見切りをつけていたことを思い出します。

それが、とある1つの商品が売れ始めたことでようやく自分にもツキが回って来たと思い、ここが頑張り時だと自分に言いきかせて「このチャンスを逃すものか」と今までとはうってかわってそれまでの倍の働きっぷりをする自分がいました。「ここを越えれば上昇気流に乗れるはずだ」そんなイメージを抱きながら無理も無茶もそのままに働き詰めていました。

残念なことに魔法は長くは続くことなく、あっけなく幕切れを迎えます。

年間契約で収める約束の製品の納入が、売り先の「待った」がかかるようになり、それが1ヶ月、2ヶ月と続き納入できない製品は倉庫の肥やしとなり、予定外の保管費用を発生させていきました。気がつけばあれだけ意気揚々と向かっていた会社までの道のりは遠く辛いものへと様変わりしていました。

上司に相談すれども「お前が担当なんだから」と言われ、納入先に交渉に出かけるも首は横にしか動かない担当とのやりとりを上司に報告すれば「なぜこうしなかった」と後出しジャンケンのような後味の悪い反省を強いられる日々の中で自分の心は重く暗く、数ヶ月前のあの達成感から得た自信は跡形もなく吹き消され、残ったものは原因不明の体調不良とメンタル不全でした。

どんなに会社を辞めたくても、入社当初の自分との約束なのか担当としての責任からなのか、会社を辞めるという決断はできず、体調も心もボロボロになりながらそれでも会社にただ向かっていました。

なんとかしなければと焦れども状況は変わらず、体調不良が続いていく中、頭の中は死にたい気持ちでいっぱいになっていく自分を抱えて会社に行っていました。

年末までなんとかやり過ごし、実家に帰省した自分は正月三ヶ日をすぎた明くる日、この世から去る行動に出ます。

結果死にきれず、そのまま会社にはいけなくなり、そこから半年以上の寝たきり引きこもり生活が始まっていくわけですが、結果会社を辞めざるをえなくなりました。

それから何やかんやあり今ではすっかり元気になり、その過程はここでは割愛しますが、その経験が元となってカウンセラーという道を生涯歩むと決めるきっかけにもなっていきました。

そんな自分が、今改めてあの頃を振り返り思うことがあります。
過去の自分と捉えず、これを第三者の経験としてみると今の自分にどう映るだろう。

自分との約束を守り通そうとし、その過程で躓きそれでもなお守り通そうとした。
賛否両論あれど立派じゃないか。

惜しむらくは、人間関係が会社と寮との往復で、会社間の人間関係以外がほとんどなかったこと。
そんな日常から自分の世界観は狭く、世の中も世間も、自分の可能性も、とどのつまりはこんなもんなのだろうと自分で自分の世界を狭いものにしてしまっていた。
その世界の中での躓きは、大きく自分の世界に影を落とし、立ち上がる力を奪うほどの重荷となっていった。

人は変えられない。変えられるのは自分だけだ。
そして人生に「もし‥」はない。

それでもあえて言いたい。
もし、上司が自分の話を真剣になって聴いてくれて、

「一緒になんとかしよう」と言ってくれていたら。
「すべては俺の責任だ。お前は悪くない」
そう言ってくれる上司だったら。
むしろ逆に、自分は「この会社のために、何が何でもなんとかしよう」と思ったんじゃないだろうか。

数十回と断られようと「必ずなんとかなる」と言われれば、それを信じて活路を見いだすことができたんじゃないだろうか。

敢えて言わせていただきたい。
「お前一人で戦うことはない。俺も一緒だ」
「必ずなんとかなるし、なんとかなる。俺がついてる」
「まかせとけ。俺がケツ拭いてやるから。お前はどんとやってこい」
そういう上司なら、「この人のために死んでもいい」と思えただろう。

残念ながら僕の上司はそうではなかった。
もしかしたら、「口で言わなくてもわかるだろ」と言いたかったのかもしれない。
でも自分は、あの不安で苦しい地獄の日々の中で、一緒に戦ってくれているとは1ミリも感じることはできなかった。

そんな上司を今更恨むつもりは毛頭ない。
自分が描くような上司など、稀有な存在に違いないだろう。
ただ、あの鬱を乗り越え元気になった今、もしそんな人が上司だったらと思うのは「自分がそんな存在になりたい」と願うからだろう。

あの頃の自分のために。
笑って地獄の日々を「お前なら大丈夫だ。俺もついてる」とそう言ってくれる存在に。

会社にカウンセラーがいてくれたら、確かにメンタル不全の抑止力につながるかもしれない。
ただその前に、会社で鬱になる人のそばに、「大丈夫だ。俺もついてる」
どうか、そういう上司が、先輩が、同僚が、一人でもいてくれたら。

部下が悩み苦しむ姿に、一緒になって真剣に問題解決に取り組んでくれる上司がいてくれたら。年間自殺者3万人はもっと違う日本になるんじゃないか。

そんなふうに感じています。
先の見えない不安な時代を私達は歩んでいます。
そんな時代に、共にいてくれる存在が、大事なんだと思います。

3.サラリーマン諸君へ告ぐ

「大丈夫だ。俺もついてる」
笑ってそいつの肩に手をやり声をかけられる。
そいつが悩んでいるときに真剣に聴き、共に笑い、共に怒り、共に涙する。
そんな存在になることを、カッコイイと思って欲しい。
そして、そんな存在を目指して欲しい。

そうすればカウンセラーがいなくても、その会社は大丈夫だって思います。

10件のコメント

  1. 「過去の自分と捉えず、これを第三者の経験としてみると今の自分にどう映るだろう」というのは面白い視点だと思いました。客観視して適度に他人事だと思えれば、その分「現在の」自分の立ち位置に集中できるきっかけになりそうです。

    1. 冷静に自分を客観視するって大事ですよね。でもこれがなかなか難しい。問題の渦中であれば尚のこと。だからカウンセラーがいるのかなと思ったりしますね。それをさせるのがカウンセラーであり、傾聴の効果な気がします。
      そんな傾聴ができる人になりたいですね!

  2. 私も自分担当の仕事をどんなに忙しくても手伝ってくれる人がいないし、気にも止められていない時期がありました。
    一言、頑張ってとだけでも言ってくれればいいのに。
    自分の仕事はやらなくていい仕事なのか、不要なのかと落ち込みました。
    体調を崩してしまい、人を増やしてくれたので今は大丈夫ですが、その当時は一人に責任を押し付けられた気分でした。
    責任感は持っていますが、それは仲間や上司の助けが必要だと思います。
    会社でひとりぼっちはキツイですね。

    1. 会社で鬱になるかならないかは、上司の言葉で決まる部分が大きいと感じます。労働時間や待遇、労働環境の影響もありますが、そんなこと以上に「どれだけ存在を大事に扱ってもらえているか」だと思います。
      しかしほとんどの会社が社員を「機能」としてしかみないから、機能が維持できなければ辞めざるを得なくなる。
      労働という対価の代わりに報酬を得るシステムである以上、機能としての労働力の提供は必須なのはわかります。上司も、機能のみで僕と相対していたとは思いません。
      ただ、口ではいくら綺麗事を言われても、いざという時の対応にその人の人間性というか器が出るなと思いました。
      いざという時に真剣に部下や問題に共に向き合える。そういう人に、自分はなりたいと思っています。

    2. 会社でひとりぼっちは確かにキツいですね。
      具体的な仕事を手伝ってもらうのも嬉しいですが、頑張っての一言でチカラがみなぎることもありますよね。
      仕事は一人でするものではなく、仲間とするものだと思っています。だからこそ、職場という場があると思います。

  3. うん(〃^ー^〃)
    私もそう思います。

    とは言え、私はサラリーマンの日々を語れるほど知っているわけではないのだけれど…
    だからこそ何度も何度も読みました。
    一人の人間として読みました。

    そして思います。
    どうか椎名先生の熱いマインドが、一人でも多くの人に届きますように…(^-^)

    ありがとうございます☆

    1. 平賀さんへ。
      この記事はオンライン傾聴講座のスタッフである私、岩村の話です。執筆者が記載されると思って書かなかったのですが、誰の話か分からず椎名先生と混同されてしまいますよね。

      分かりにくくて申し訳ありません。
      そして何度も読んでいただきありがとうございました。
      あの頃の自分は「環境に負けまい」と必死でもがき、あがき、自分の状態が異常だと感じながらも「越えられない壁はこない」と信じて必死で戦ってました。
      でも、勝てなかった。
      壁は頑として硬く、ヒビすら入れることができなかった。
      何がいけなかったのか。
      冷静に考えると、「一人で壊そうとしてたから」かなと。
      自分なりに周りの助けは求めたつもりでも、上司も周りにも届かなかった。たぶん自殺未遂をしたことは、今も会社の人達は知らないと思うし、もし知ったら驚くと思う。
      「そこまで辛いなら言ってくれれば良かったのに」って。
      助けて欲しい時に、どう助けて欲しいと訴えればいいのか分からなかった。それは自分の見栄やプライドが邪魔をしていた部分もあったと思います。

    2. 岩村さん、はじめまして(^-^)

      勘違いしてしまい、ごめんなさい。
      熱量が椎名先生らしくない気がして、どんな想いが込められているのか、とお節介な私は少し心配したくらいです(*´∀`)

      改めて、岩村さんの熱いマインドに握手でもお願いしたい気持ちです。熱い想いに触れさせていただき、ありがとうございます(*ov.v)o

      岩村さんのそのパワーをもってして、越えられない壁。本当は色んなことに擦りきれた深層の心が、危険を察知して自分の周りに要塞を造り上げ、自分自身を護ろうとしていたのかな?と感じました。だけど岩村さんは一生懸命、日々をこなそうと頑張っていた。周りからみれば、鎧武者が頑張っているような雰囲気で、大丈夫だろうと皆が思っていたかもしれない。まだまだ色んなこと、押し付けても大丈夫だろう、って…(;_q)ちゃんと岩村さんはSOS出していたのに、ね…(;_q)

      何が言いたいかわからなくなってしまいましたが、見栄やプライドは誰しも持っているモノだと思います。そしてそれは、時に強さにもなる。きっと色んなことが、それぞれに均衡を保っている世界で…表面に惑わされず、本当の声を聴ける人になりたいと改めて思いました。長くなり申し訳ありません。ありがとうございます(^-^)

  4. 確かに良い上司に恵まれていたら、メンタル不全はずいぶんと減る気はしますね。自分との約束を守る事は多くの場面で大事ですが、それが行き過ぎると病気になってしまう。自分の状態を客観的、冷静に見る事は大事だなーって思います。

    1. 理屈では「ヤバイ」と分かっていても、感情がそれを許さない時ってありませんか?
      人が葛藤を抱え問題と向き合えない、解決に迎えないのは、感情が邪魔をするからだと思います。
      多くの場合その感情は、恥をかきたくないというプライド、虚栄心が邪魔をするからなのではないでしょうか。
      上司の言葉や存在、環境という影響があるという一方で、自分はその虚栄心に飲み込まれた1人なんだと思います。

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