災害におけるレジリエンス

災害におけるレジリエンス

しなやかに立ち直る力・折れない心・めげない力をレジリエンスと呼びます。

これは心理学における「折れない心」を指す意味以外にも災害からしなやかに立ち直る力としてもレジリエンスという言葉を使います。そういう意味では今後私たちがよりしなやかな社会を作っていくためにもレジリエンスという概念が重要になってきます。

 

1.東日本大震災におけるレジリエンス

従来の防災では不十分だと感じさせられる東日本大震災のような災害に直面すると私たちの想定をはるかに超える出来事が起きることがあります。

東日本大震災は「想定外」とよく言われます。

実際には東日本大震災を示す情報は震災以前からありました。しかし、結果としてその情報を生かすことはできなかった。そして、震災後は「想定内」だったとしたら誰の責任?という話になってしまうこともあって、「想定できなかったんだ」と結論づけられている感があります。

都合が悪い事実には向き合うことができないのが私たちでもあります。

この大事な情報に目を向けられない体質自体が災害に対するレジリエンスの弱さでもあります。当たり前のように続いている社会が一瞬で壊れてしまうようなできごとを私たちは想定したくないという思いもあります。

逆に震災が起きた後、それを受け入れて、対策を打ってきたり、新しいことを始める人がいました。そんなレジリエンスの高い人達はレジリエンスが低い人達と何が違ったのでしょうか?

「大切な人を守りたい」「使命感を感じる」

そんなことを考えた人達は心を折らずに頑張りきることができました。

 

2.自然の言葉に耳を傾ける

阪神淡路大震災のはるか前から神戸のあたりに活断層があったことは知られていました。熊本の地震に関しても活断層があることがかなり前から知られていました。

しかし、それを生かすことはできなかった。

それは自然が発している言葉、メッセージに耳を傾けることができなかったからだと言えます。

私たち人間が自分のことでいっぱいになってしまい、耳を傾けることができなければ他の人ともめてしまいます。実際には自然の声、動物の声を聞かなければ、人間だけが自分本位に生きていることになります。

これは傾聴に非常によく似ています。

聞きたくない不都合な真実に対して、心を開き、耳を傾けることが一見すると避けようがなさそうな大きな問題を回避することができます。自然の言葉を聞くことと、誰かの心の叫びを聞くことは同じことなのです。

1件のコメント

  1. リスク管理も、何も起きなければ考え過ぎの人にしかならない。だからみんな、誰かがやるだろう、たぶん自分たちは大丈夫だろうと思い続けてしまう。

    失ったモノは2度と戻らないのだけど、それによって得るモノ・生まれるモノもあったりして、さじ加減が難しいな、と感じます。必要以上に保守的になることに固執せず、本来は自発的に色々なことに目を向け、生産性を高めることが理想なのだろうと思いますが…強制される環境にならなければ踏み出せないのも人間だなぁと(*´-`)

    色々なことに気付けるように、広く穏やかな心でいられるように精進します。ありがとうございます。

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