傾聴をマスターするため、まずは抑えたい3つのルール

傾聴は「話し手の主観的な世界観と気持ちを理解しチカラに変える事」ですので、それにそったルールというものがあります。

ここでいうルールとはいわば法則です。
そのルールが守られなければ、話し手のチカラになることが難しいでしょう。
逆にこのルールに則って傾聴していけばある程度傾聴でき、話し手のチカラに変えることができるでしょう。
ここで挙げたもの以外にもありますが、まずは以下の3つを意識して実践することで、傾聴力は飛躍的に上がります。

では早速、その3つのルールを見ていきましょう。

1.聴く側の発する言葉は全体の2割以内に。

傾聴は話し手の時間です。内容がうまくいかずに悩んだり葛藤したり、その人のウィークポイントについての内容だったりします。

チカラになりたい気持ちや問題解決にはやる気持ちが出てきてしまい、あれこれと聞き手が話してしまう方がいます。そういう方にありがちなのが、側からみてるとどちらが聞き手かわからなくなるほど話し手が話している姿です。

聞き手が話し手に回るのは傾聴ではありません。まずは聴くことに徹する。口を開くのもこちらが意見を言うためではありません。口を開く時は、あくまで話し手が話しやすいように「話し手の為に」口を開いてください。

2.話し手の感情に焦点を当てる。

傾聴は話し手の「感情」を聴いていきます。

事実は事実として、問題は問題として重要ですが、傾聴の間は話し手の感情に焦点を当てて話を聴いて下さい。
どんなことがあって、どんな気持ちになったのか。そう感じたり考えたりする背景には何があるのか。どうしてそう感じるのか。

相手が感じたその場面や経緯を一緒になって再構成し、そういうことがあってのその気持ちなのかというところまで理解することに努めて下さい。
相手の世界観を伺いつつ気持ちに焦点を当て続ける。何が正しいとか間違っているとかは傾聴には必要ありません。まずはそれを取っ払い、気持ちに至るプロセスを丁寧に聴き、だからそういう気持ちになったのか、という理解ができると、自然と共感することができます。

3.否定、批判、非難しない。

上にも挙げましたが、傾聴に何が正しいか間違っているかという判断は必要ありません。ですから否定も非難も批判も存在しません。

ジャッジしたくなるのは聴き手の世界観からくる正義観や物差し、ルールです。

話し手には話し手の世界観があります。傾聴は相手の気持ちに寄り添うことが重要です。言い換えるなら、相手の世界観で聴くことです。聴き手の世界観は一旦脇に置き、話し手の世界観の理解に努めて下さい。

以上、傾聴をマスターするため、まずは抑えたい3つのルールとして

1.聴く側の発する言葉は全体の2割以内に。
2.話し手の感情に焦点を当てる。
3.否定、批判、非難しない。

の3つを取り上げました。この3つに意識的に取り組むだけでもかなりの傾聴力がつきます。
実践して何ができて何ができなかったかを振り返る事を繰り返していけば、必ず傾聴はできるようになります。
このサイトにも色々な情報があるのでどこからマスターすれば‥ともし悩んでいるのであれば、まずはこの3つのルールを意識し、振り返る事から始めてみてはいかがでしょうか。

19件のコメント

  1. この記事を読んで、初めに書いてある 
    傾聴は「話し手の主観的な世界観と気持ちを理解しチカラに変える事」です。
    ここでの傾聴の定義なんだろうな、何度も書いてあったなと思いつつ、これが、一番心に留まった。
    最近思うのが、この世の全員ちがう世界観。私は日常、「違う」ということを認識せず、他者とやり取りしていることがほとんどと気づいた。人間こう見えるのが、普通だけど、これが、コミュニケーションや人間関係の問題を産みんだろうな。合うと感じるのは、たまたま合ってるところでやり取りしているのかなって思った。
    「見えてる感じている世界観が全然違う」と認識すると、相手の様子を見て、どう見えてるんだろう、感じてるんだろう、考えてるんだろうと割と自然に思うかな。。。。
    「チカラに変える事」というのは、相手にとって力が湧いてくるとかだから、これは、相手にお任せの世界だろうな。。。
    あんまり、聴く側が、「チカラに変えるんだ!!」と相手に期待するのは、されたら嫌だと思う。私の気持ち思いが強いのは、気をつけなきゃポイントかなと思った。
    でも、傾聴は「話し手の主観的な世界観と気持ちを理解しチカラに変える事」です。これはそういう意味ではないと思うので、すごくいい感じに傾聴を定義した言葉だと思った。この記事で一番心に留まったことです。

  2. 人と向き合うことは、日々の中にたくさんの機会があると思います。映画のワンシーンのように傾聴のスイッチをON⇔OFFにするのは、きっと、もったいことなのかもしれません。
    ルールもテクニックも勿論大切で、だけども根底にあるのは、本当に相手を想う心なのかな、と…
    人は孤独でありながら、各々がたくさんの輝きに満ちています。自分自身では、その輝きを見失ってしまうこともあるけれど…周りに信じてくれる人がいることは、チカラの源に成り得るのかな、と思います。

    相手を変えるのではなく、何が起きても大丈夫だと信じ切ることを、私は忘れないように心に留めています。実のところは、これが良くないのかもしれませんが…まだまだ勉強中です。

    書いていくうちにカテゴリー違いになってるような気もしますが…傾聴というと敷居が高いけれど、同じマインドを持った仲間と学びを深めるためにも、
    ここは大切な場になるのかな、と思います。

    長くなったわりに、とりとめない話で申し訳ありません。ありがとうございますm(_ _)m

    1. Author

      とても嬉しいコメントをありがとうございます!
      是非「大切な場」にしていきたいですね!
        
      同じマインドを持った仲間と学べることはとても嬉しいことですよね。
      誰かが誰かに教える場も良いと思うのですが、全員が全員を師匠とするような集まりも素敵だと思っています。僕は立場上、このサイトを参考にしてくれている人やオンライン傾聴講座 基礎編を受けてくださっている人などを知っているのでわかるのですが、「コメント」は結構ハードルが高いものです。平賀さんの書き込みを参考にしたり心の支えにしつつも自分はまだ見る役。という人も少なくありません。僕はそこまで仲間だと思っています。
       
      できることを少しずつやって、それぞれが輝く場に出来たら良いなと思います。
      僕はうつ病歴が8年ありますが、うつ病の人が何時に起きて、何時に寝て、どんな風に頑張って、それでもダメで、、、というのを繰り返しているかを知りたい人もいます。特に人事担当者や心理カウンセラー、不登校のお子さんを持つ保護者には感謝されます。つまり、うつ病で寝ているだけの実態を話すだけでも人の役に立ちます。人はどこで何をしていてもその経験に価値があるのだと僕は思います。「8年寝ていたらどうなるか?」を知りたい人がいるのですから。
       
      平賀さんから見える傾聴、孤独、仲間、こころ、是非また聞かせてください!

    2. 人と関わる時はできる限り傾聴モードでいたいですよね、スイッチではなく。自分が揺らぐことが無い余裕や自分を信じること、相手を思いやる気持ちが常に自分の中にあるといいですね。
      各々がたくさんの輝きに満ちている
      素敵な言葉ですね。
      日々、実感しますが、周りに信じてくれる人はきっといると思います。
      私も頑張っても頑張っても報われないことがありましたが、意外な人物が私のことを見ていて下さり、それが心の支えになりました。

      ここでも同じマインドを持った仲間と学びが深められる場に一緒にしたいですね!

    3. 小林やす子さん、ありがとうございます。

      思わぬところで誰かが見ていて下さると、また頑張ろうという気持ちになりますよね(o^^o)

      学び合い、深め合う場になりますように、と願いながら、今日も細やかではありますがコメントしております。
      お読みいただきありがとうございます。
      またお話しましょう(*^o^*)

  3. Naoyoshi Kiyotaさん、ありがとうございます。

    専門的には、「無条件の肯定的関心」という考え方なのですね。勉強になります。

    一般論に反しているということを、話し手が既に自覚している場合…慎重に受け止めなければ、傷を広げてしまうのではないか?と思います。そこに「何故、どうして」と疑問を投げかけてまで経緯を知ろうとすることは、傾聴する側のエゴではないのかとすら思えてしまいます。

    ネガティブ思考な話になり、ごめんなさいm(_ _)m
    もっと多様性を学んでいきたいと思います。ありがとうございます。

  4. 傾聴寅さん、ありがとうございます。

    コメントを読んでまず感じたのは…
    相手の話を聴くための余白を、心にしっかり持っていらっしゃるんだな、ということです。

    まさに「目の前にいるのはもうひとりの自分」という名言に納得。私にはきっと、余白というか余裕が足りないのだなぁと気付きました。ありがとうございます(^-^)

    ここを見ているのは聴く側だけでなく、話し手となる人でもあると思うんです。「否定、非難、批判をしない」と呪文のように唱えながら話を聴かれたなら話しにくいな…と短絡的に考えてしまいました。

    そして自分の価値観や世界観を、相手を通して再認識した時、私は自分の醜さに苦しめられた経緯があるので…淡々とキレイにまとまるモノではないような気がしている部分もあります。始まりと目指すモノだけでなく、聴く側も聴くことで成長させてもらえるんだ、という……

    何というか、、、まとまらない上にうまく表現出来ず申し訳ありません。ありがとうございます。

  5. 平賀さんの話を受けて感じたことを。
    経験でしかなし得ない‥か。
    そうかもしれません。
    たくさんたくさん聴いて、それをチカラにしていかなくちゃいけないって思います。
    相手の世界観を知ろうと思ったら、たくさん聴かなきゃわからない。
    相手の感情を知ろうと思ったら、たくさん話してもらわないとわからない。
    相手のことを理解したいと思ったら、たくさん喋ってもらわないとわからない。
    だから、話し手8割、聴き手2割なのかもしれませんね。

    否定、非難、批判をしないということは…裏を返せば肯定するポイントを押さえていなければというのは、その通りだと思います。
    傾聴のベースは承認だって僕は思ってます。
    話し手の話のなかに、キラリと光るエピソードや心を震わすストーリーがある。悩みのなかに、一生懸命頑張って、それでもうまくいかなくて、そういうなかで話をしている話し手に美しさすら感じる瞬間があります。
    それとは別に、話し手には話し手の世界観があって、聴き手には聴き手の世界観がある。
    価値観が違えば違うほど、表情にも現れやすく、無意識に反応として出てしまう。
    前提としてどんな人にもそうした理由があり、どうしてそう思うのか、そう感じるのかを聞いていけば、「だからか」と。「自分もそうしていたかもしれないな」というところに行き着く信じています。
    「目の前にいるのはもうひとりの自分」
    そういう観点も大事だなって思ってます。

  6. 批判ではなく、素朴な疑問です。

    聴き手が話すのは全体の2割以内、とありますが、それを判断するのは傾聴の最中、つまりは全体が見え切る前ということになります。ここは、やはり経験を積むことでしか成し得ないモノなのかな、と感じました。

    否定、非難、批判に関しても少し疑問が湧きました。否定、非難、批判をしないということは…裏を返せば肯定するポイントを押さえていなければ難しいように思います。自覚的に否定していないつもりでも、それを受け止めるのは話し手なので…。自分の感情が、どこで揺らぐのかを認識していなければ、良くも悪くも話し手に伝わるのではなかろうか、と。私の個人的な感想なので、気分を害された方がいましたら申し訳ありません。

    1. 平賀さん、疑問を書いて頂きありがとうございます。ここは傾聴についてのコメント欄ですし、思った事を素直に表現して頂ける事は、このコメント欄の在り方が良いって事でもあるので嬉しいです。
      僕も自分なりに思った事を書かせて頂きます。
      聴き手2割の件ですが、経験によるところはやはり大きいですよね。途中で判断に迷うのも最もかと思います。ですので、2割というのは教訓として心に留めておくという事でまずは良いのではないでしょうか? 厳密に2割以下という事ではなく、大体で2割を超えていると感じたら、「話し過ぎてるかも」と自分への戒めにするくらいで良いかと思います。ただ、傾聴が理想的に終了した時、話し手の割合が2割以内にはやはりなっていると思います。2割以内を目指すのではなく、より良い傾聴を行った結果として2割以内になっているというニュアンスなのかと。
      否定、批難、批判についてですが、これも解釈が難しいですよね。表面的に肯定していても、それが心からくるものでなければ、気づかれる方もいると思います。肯定的を専門的に言うと、「無条件の肯定的関心」となりますが、これは態度だと思っています。話し手が話す事に対して、内容ごとに肯定と否定に分けるのではなく、全てを肯定的に受け取ります。「はい」と理解するか、「?」と疑問を返すかっていう反応になると思います。話し手には、それぞれの世界観がありますから、話し手の中にはたとえ法に触れるような事であっても、そうせざるを得ない背景があると思うんです。だから、自分の世界観や一般論で批判するのではなく、「どうして、このように考えるにいたったんだろう?」と疑問を返して、話し手がそう考えるようになった経緯を理解しようとする態度が大切なのだと思います。
      パンを万引きした少年がいたとして、一般論では勿論良くないことです。しかし、貧しい家庭で自分の母親が寝込んでいて、何とかパンを食べて欲しかった。という背景があったと知ったら、一概に否定する事は出来ないと思います。
      これは中々頭で分かっていても難しいですよね。ついつい、自分の価値観で判断してしまいます。まずは、全ての人にはそのような考え方をするに至った背景がある事を知り、様々な人の世界観に触れて、多様性を知る事で肯定的な態度の幅が広がっていくのだと思っています。
      また、疑問があったらぜひ書き込んで下さい。こういったやり取りで、学びは深まっていくと思います。ありがとうございます。

    2. Author

      深い話になっていますね〜
      傾聴は「そうせざるを得なかった話を聞く」機会であることが多いと感じています。
       
      万引きせざるを得なかった気持ちを聞くことで問題の本質が見えてきます。
      心理カウンセラーとしての立場が長いとkiyotaさんの例えで言う「貧しい家庭で母親が寝込んでいて」という状況になってしまっていることや誰もそれを助けないこと、気づかないことへの問題が話題になることは少なく、ある線を越えたその人だけを非難する社会だなと感じます。だからこそ「そうせざるを得なかった」理由を聞いてもらえることも少なく、理解されることはなお少ないのではないかと思います。メンタル不全などの当事者になってみると分かりますが、社会が認めない行動をせざるを得ないことがたくさんあります。傾聴を通して「どうして、このように考えるに至ったんだろう?」というテーマを理解することができれば、万引きをさせずにすませることができます。
       
      そして、傾聴する人も「2割を超えて話さざるを得なかった」というケースもあると思います。大事なのは無神経にたくさんしゃべるのではなく、「話さざるを得なかった理由は・・・」と何かの意図があることかなと思います。自己開示が必要だと思った。介入が必要だと思った。その判断が相手の助けになると思ったら、傾聴というテーマを捨てて、カウンセリングやコーチング、コンサルティングなどのモードに切り替える必要があることもあります。2割という数字は傾聴をしたことがない人が傾聴に慣れるまでの間、マスターするまでの間の戒めとしては重要だと思います。なぜなら、毎回、5割、あるいはそれ以上しゃべってしまっているのに傾聴していると勘違いしている人が少なくないからです。いくつかの条件が整えば、聴き手の発言割合は1割くらいに自然になります。その感覚を身につけた上で、臨機応変に3割、4割というのは良いのではないでしょうか?
       
      話しすぎて、「そうせざるを得なかった話」が聞けないことのないように注意をしたいものですね。
       
      無条件の肯定的関心についてはまたの機会に!!
       
      いつもありがとうございます。

  7. なぁーなさん
    日々の発見の姿勢 すごいなぁって思ってます❗️
    相手の気持ちどうかな❓ 顔色を伺うということでなく、プレゼント🎁のラッピングを開けるみたいに、わくわく⤴️ってなったらいいなぁ 気持ちは、何かいろんなものに包まれているイメージだから
    そのために、なんだろう❓ いろんな気持ちに興味をもてるくらい、好奇心旺盛でいること❓ 好奇心旺盛になるためには、エネルギーやいろんな価値を受け入れる余裕が必要かな まずは、自分が健康でいることって、結構重要なのかも うーん まだはっきりしないかな

    1. たんぽぽ ちえさん
      「プレゼントのラッピング」素敵な表現ですね!
      そんな風に人の感情に触れていきたいなーって思います。
      そのためには仰る通り、自分も余裕が必要ですね。
      色々なエネルギーに触れて自分も元気でいたいなーと思いました!

    2. 亀じぃさんへ
      表現に注目してくださりありがとうございます😊
      いろいろなエネルギーにふれる いいですねー なんだか元気の出る感じ 自分が元気でいると、他の人をしっかり支えられそう!

  8. 今日の発見😄
    『相手の気持ちどうかな❓と思いながら聴く』と自然とこちらが話そうと思う気は減る。聴かないと気持ちわからないから。
    気持ちどうかな❓と思いながら聴くと、相手の思いを感じるから、感じる世界はジャッジする気分も減る。
    自然とそうなるというのが、今日の発見。

    気持ちどうかな❓をしてないことに、今、気づいた😰
    あーあ😰
    こんなに勉強してもダメじゃん😰
    楽しくないからやらないのかな❓
    どうしたら、気持ちどうかな❓と思いたくなるもんだろうね。
    知りたいな。

  9. 傾聴寅さんへ
    まとめ、いーですね!をどうもありがとう。
    私も、気持ちはどうかな?と思いながら、あまり話さず、ジャッジしないで、ちゃんと思いを聴こう、聴きたい、というときにやろうと思います😄

  10. なぁーなさんのまとめ、いーですね!
    僕もそれを常に頭に入れて傾聴しよう♪
    「気持ちはどうかな?と思いながらほとんど話さない(2割以内)でジャッジしない」
    これを傾聴の前に言い聞かせ、そして終わったあともそのチェックが出来たら、傾聴力はかなりつきそうだよね!

  11. 傾聴は、たーくさんあるようで、このぐらいにまとまるんですね。
    わたし的に整理すると、気持ちはどうかな?と思いながら、ほとんど話さない(2割以内)で、ジャッジしないで聴く。
    特に、ジャッジしないでというのが、難しい。
    傾聴に限らず、いろんなところでkey🔑になる視点。
    誰がいい、誰がダメ、これが正しい、間違えとかなく、みんながいいになるからね(o^―^o)ニコ
    今日も、いい勉強ができた。どうもありがとうございます。

    1. なぁーなさん 傾聴寅さん
      ジャッジしない😐 だれがいい、わるい、ただしい、まちがい もなく…

      日常生活の中では、頭の中で自動的にジャッジするシステムができていて、自然に湧き出ているたくさんの感情のうち、出してあげたり、認めてあげたりできるものはとても少なく、多くはブロックされたまま もっといえば、無視されたまま😢 認めてもらえない感情は、寂しくなって、ぼくもいるよ、わたしもいるよと無秩序に暴れ出す
      そんなとき、人は誰かに話を聴いてもらいたくなるのかな…

      傾聴とは、ジャッジのスイッチを切って、ブロックされたり無視されたりしてきた感情にも全て平等に関心を寄せ、見つめ、触ってあげることだろうか そうすることで、無秩序に暴れていた感情が落ち着きを取り戻し、他の感情たちと協力して「わたし」が生きることを支えてくれるようになるのだろうか
      そう考えると、傾聴は、聴き手が話し手の話を聴くというよりは、話し手が自分の感情と対話する時間、場なのかもしれない
      聴き手は、その対話を支える存在

      だから、聴き手は、その対話を邪魔することがないように多くは話さないのかもしれない 話し手が、感情と対話するチャンスを逃さないために、感情の存在に気づくように、感情に注意を向けるのかもしれない 普段表に出してもらえない感情は、とても怖がりで、ジャッジされそうになるとすぐに隠れてしまい、対話につながらない だから、怖がりな感情たちのためにジャッジはしないことを表明するのかもしれない
      3つのルールを守ってくれる聴き手の存在は、話し手と感情たちとの対話を深いものにしてくれるように思う

      こんなことを書きながら、わたしは今自分の感情たちとお話をしている だれかが、このコメントを読んでくれるかもしれないと思うことが、聴き手の存在と同じ役割を果たしてくれたから…

      長くなりました ありがとうございます🌼

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