傾聴するのはツイッターの裏アカウントのつぶやき

傾聴するのはツイッターの裏アカウントのつぶやき

twitterのタイムラインをながめていると、友人や知り合いに見せる為の表アカウントと、本音や弱音、悪口などをつぶやく裏アカウント(裏アカ)に分けている人が、結構います。そう、結構いますよね。クラスメイトや会社の同僚に知られたくない自分の趣味や性格をさらけ出す場、打ち明ける場としての裏アカのタイムライン。大変興味深いつぶやきがズラリと並んでいます。
ただ、それらを敢えて『裏』でつぶやかなければいけないことに、その人の抱える息苦しさを感じます。素のままの自分を受け容れてもらえる場面が少ないのかもしれません。
そして、傾聴するときには、その人の『裏』を、素のままにさらけ出してもらいます。

 

1.『裏アカ』に秘められた想い

そもそも周囲の人たちから受け容れるようなことであれば堂々とつぶやくことができます。裏アカでつぶやくそれは、当人を知らない私たちは面白いと思って眺めているだけですが、当人からすれば知られてはならない心の内です。もしバレたらと思うと恐怖や恥ずかしさを感じます。それでも裏アカを使ってつぶやきたい、想いを吐き出したいというのは、自分の大切にしたいもの、心の奥底にある想い、それを受け容れて欲しい。
大切なものが受け容れてもらえない現実に生きるというのは、悲しいことです。淋しいことです。

 

2.対面でさらけ出してもらう『裏』

時に傾聴において、話し手には裏アカウントでつぶやくようなことを、堂々と表の自分として話し手もらいます。大変勇気のいることですし、受け容れてもらえるかという不安も大きいです。
それでも話してもらうには、「この人なら安心して話して大丈夫だ」と安心してもらえるような態度、雰囲気でいることが求められます。
どんな人であれば話したくなるでしょうか。どんな人になら話したいでしょうか。

 

傾聴を学ぶということは、在り方を身に付けることです。
あなたになら信頼できる、表も裏もさらけ出せる。
そう思ってもらうにはどうしたら良いでしょうか。
このサイトは、そうしたヒントが詰まっています。

7件のコメント

  1. そもそも、誰が表を決めたんだろう?と思いながら読んでいました。

    義務でもなく、強制でもなく、明確な線引きもないのに、いつのまにか表が出来て、表があるから裏が出来てしまう。人って不思議だなぁ、と思います。だけども、もっと突き詰めてみると万物に両極があるのだから、自然なことなのかな。

    問題なのは、それを可視化したことなのかもしれない。人間は…というか少なくとも私は、弱い生き物です。真の孤独は怖い。しかし、孤独感も自分の情けなさも弱さも、きっと人それぞれ違うのに、一様に裏アカのような呟きを共有することは、怖さを麻痺させて安心にすり替えてしまうように思います。共感と同調は別物だなぁ、と改めて思いました。ありがとうございます(^-^)

    1. 裏アカ、というかネット自体を否定したい訳ではありませんが、何となく嫌な書き方だったような気がしたので追記させて下さい(´。・д人)゙

      周りにいる他者と共有するのは、楽しいことや立派なこと、キラキラしたことだけでなく、どこかに穴を掘って棄ててしまいたいような哀しみや醜さがあってもいいじゃないか、と言える、本当の意味で多様な人間性を受容出来る、そんな社会になってゆけば…と思います。
      思いますが、、、何でもかんでも受容すると無法地帯になるのかもしれないし、そういう観点でも傾聴やカウンセリングのように場面を区切った自己開示は有効なことだと感じます。

      長いわりに意味不明ですみません…。

    2. 意味、伝わりますよ!
      たしかに受容受容で不法地帯になるので、話し相手が受け容れるだけの余裕があるかどうか、またTPOやコミュニティに合わせた秩序は必要ですよね。
      そうすると、どうしても「穴を掘って棄ててしまいたいような哀しみや醜さ(この表現好きになりました^ ^)」を、ぶつけ合わずに受け容れてくれる人が、どこかにいてほしいですよね。

    3. 亀ジィさん、はじめまして(^-^)

      気に留めて下さって嬉しいです。
      ありがとうございます。

      そうですね。どこかに、と願いながら…

      社会的な多様性が先走らず、秩序と受容のバランスを個人単位で作っていけたらいいなぁ、と思います。出来ることなら、、、穴を掘って埋めたいような想いなど、初めから少ない方が身軽ですから(^-^)

  2. 私も裏アカを読むと苦しくなります。それは、裏アカのつぶやきに大きな感情が入っているからです。そんな大きな感情を一人で抱えきれないから、つぶやいているんだと思います。その感情を一緒に感じてくれる人がいれくれたら、その人の心はどれだけ楽になるか。高校の教員をしていても、生徒で一人では抱えきれない気持ちを持っている子は多いです。その思いを吐き出せる大人や友人ができるように、私ももっと頑張らなきゃと思いました。

    1. 最近、あまりSNSをやっていないので、裏アカなんかには少し疎いのですが、やっぱりそういう場でしか自分の気持ちを出せない人も多いんでしょうね。今の世の中を現しているように感じました。裏アカであっても、気持ちを表現する場が無いよりは良いと思いますけど、ありのままの自分を出していけるような生徒が増えて欲しいですね。応援しています!

  3. 裏アカウント
    表には出せない思いだから誰にも言わない。のではなく、Twitterで表現する。それは「裏」の秘めた思いを自分だけで溜め込むのではなく、誰かに知ってほしい、聴いてほしい、共感してほしいという気持ちのあらわれれかもしれません。Twitterはそんな気持ちを吐き出す役割にもなっていますね。ただ、裏アカを読んでいると苦しい気持ち、寂しい気持ちになります。裏アカがいらない社会を作りたいですね。

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