心理学のベースに傾聴

心理学のベースに傾聴

心理学は言い換えると「人間の心の学問」です。
物質を扱う学問や数学のような理論を扱う学問は法則を見出しやすく、再現性もあります。よく心理学の世界でも学問であるからには再現性がという話になりますが、心理学とはそれほど簡単なものでしょうか?

1.対面とSNSどちらが本音?

ある程度以上上の年代は対面で話しているその人の姿が本当でメッセージはごまかせるから信用しない人が多いようですが、若い年代はそれが逆になります。対面だと相手に気を使って本当の気持ちが言葉にできないからメッセージの方が本音であることが多いのです。心理学はその人たちが置かれている文化的な背景だけでなく、何歳からスマホがある社会になったかなども含めて変化していきます。

そんな多様性の中で心理学の理論を鵜呑みにするのはとても危険です。

2.「オーラの泉」病

以前、あるテレビ番組でオーラの泉というものがありました。人気があったのでご存知の方も多いと思います。テレビの影響力はすさまじいもので、ヨーグルトダイエットの番組があると翌日店頭からヨーグルトがなくなるようにオーラの泉が放映されると決まって、「オーラの泉」病の人たちがカウンセリングを受けに来ました。「オーラの泉」病というのは造語ですが、数があまりにも多いので当時はそんな呼び名で呼んでいました。

「私、オーラの泉を見ていて自分の問題に気がついたんです。私はあの芸能人と同じだなって」
「そうなんですね!」
「そうなんです。前世の問題なのですが、お父さんに◯◯すると解決するとやっていました」
「なるほど」
「でも、私のお父さんはすでに亡くなっていて、だから私は前世の問題を解決できないんです」
「それは困りましたね。というか最近は特に何に困っているのですか?」
「何も困っていません。私の人生自体に問題があることが問題なんです」
「どんな問題ですか?だから前世の・・・」

テレビの影響で自分自身の前世に問題があると信じてしまった人は芸能人と同じように問題を解決しようとします。特に何か日常的に困ったことがないのに人生自体が呪われているかのようにいう方もたくさんいました。仕方がなく、前世療法をやってあげると簡単に解決するのですが、問題がない生活を送っているのに人生が呪われているとか、悩みの形も変わったなと感じた出来事でした。

3.嫌われてしまった勇気

最近ではアドラー心理学が有名になりました。「嫌われる勇気」を持った人たちが突然、ブームのように人生観を変えて、次々に嫌われていきました。「嫌われる勇気の通りにしたら嫌われました」というカウンセリングを何回したでしょうか?人はそんなに簡単ではありません。自分の一面だけを見て、人生の心理がわかったような気になってしまうのはとても危険です。大事なことは自分自身の人生に向き合うことであって、狭い視野のまま嫌われる勇気を持っても、嫌われるだけです。

4.ありのままの自分

アナと雪の女王がブームになった頃は「ありのままの自分」という言葉が流行りました。でも、エルサは女王だし、凄い魔力も持っています。一般人で何の才能も努力もしていない人がありのままでは何にもなりません。あの時期は「手ぶらでありのままを主張する人」が続出しました。ありのままの自分がどんな自分だかわからずに自分探しをするのですが、無いものは見つけられないのでは無いかとさえ思えます。

5.批判的な切り口で書きましたが

気づいていただきたいのは「心理学」「スピリチュアル」「自分のあり方」を題材にしたこれらのブームはいずれもそれとは別の心理学的な結果を生み出しているということです。それは視聴率や興行収入です。人は「自分はこう見られたい」「事実はこうであってほしい」と思うとそちらがわに引きずられてしまいます。そして、これらの話題が広がるのです。

6.心理学の難しさ

心理学には再現性があるとそれを過信するよりも実際の人間に当てはめて、実証を繰り返したり、時代の流れ、文化の変遷などにあわせて、理解していく必要があるということです。その隙間を埋めてくれるのが傾聴です。傾聴を通して、その理論と実際の違いを埋めることができたら、心理学をさらに生かすことができます。

傾聴の源流であるクライント中心療法は戦前のテクニックです。

テキストをただ鵜呑みにしていたら、現代に生きる私たちのための傾聴は理解できないかもしれません。ツイッターやインスタをどのように傾聴に取り込むか?スマホを傾聴に生かす方法は無いか?人間自体の精神構造や反応の仕方も変化してきています。人は知的になればなるほど思いやりがなくなります。「あの人が頑張らないからいけないんだ」そう言って切り捨てますが、「生きるために頑張る量」が尋常では無い量に膨れ上がっているのに「頑張らないからいけないんだ」という発想は知的で頑張れている人の発想です。頑張れない場合の理屈を傾聴して初めて理解できるものです。

心理学を人の傾向として捉えてしまうと文化的な背景によってぶれてしまいます。しかし、心理学を相互理解の上に置いた時、初めてその人を助けるツールになりえます。深い傾聴による理解がすべての心理学のベースのあるのです。

 

 

 

 

 

2件のコメント

  1. ほんとですよね 家電やおもちゃ、パソコン、携帯といった物は、スイッチやボタンで動き方が決まっているのに、人の心にはスイッチもボタンもなく、動き方も決まってないですもんね! スイッチもボタンも押してないのに勝手に動いたり ややこしい!
    そんなややこしい、人の心を少しでも分かりやすくしようとするのが、心理学なのでしょうか? でも、人の心はシリアルごとに微妙な違いがあるし、タイミングが違うと変わってくるし、心理学にはあてはまらない… だから、傾聴という人の心にしかできない技を使って、理解していこうとしてるんでしょうかね〜

    1. ぶんごろうさん、ややこしい人の心を分かりやすくしようとするのが心理学だと私は思っています。しかし、十人十色というように、一人ひとり違います。だからこそ、傾聴やその他のものを使って、その人の気持ちや世界観を一人ひとり理解していくんだと思います。今回は私の意見を書いてみましたが、もしご意見などかあれば、コメント欄で教えて下さいね。

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