傾聴の本質とは?


傾聴の本質とは

人には誰かに見ていてほしい、見守っていてほしい、理解していてほしいという欲求があります。小さい頃はお母さんが自分を見ていてくれるかもしれません。でも、大人になるにつれて誰も自分を見てくれなくなります。傾聴の本質はその心理と密接な関係にあります。

「傾聴とは話を聴くこと」確かに表面上の行動はそうです。ではなぜ話を聞いてほしいと感じるのでしょうか?理解してもらったからといって何かが変わるわけじゃなくても聴いてほしいのでしょうか?傾聴の本質は誰にも知られない孤独感からの解放ではないかと感じることがあります。どれだけ過酷な人生でも「大変だったね」と誰かが見ていてくれたら救われる気がします。誰にも知られることなく、ひとり静かに死んでいくのはどこか寂しいものです。

1.お土産を買う楽しみ

大切な家族にお土産を買おうとしている時にお土産を渡した時の喜ぶ顔を思い浮かべて嬉しくなることがあります。旅先で面白い経験をしたり、美しい景色を見て、それを仲間に話そうと考えるだけで幸せな気持ちになることもあります。逆にひとりで美味しいものを食べ、美しい景色を見ても誰にもそれを話せないのはさびしいものです。

ただ、ひとりぼっちで人生を過ごし、寿命を迎えて死んでいく。という人生よりも「人生どうだった?」「大変だった?」「楽しかった?」そんな風にわかちあえる人生の方が豊かな気持ちになれるものです。傾聴の本質はその共感をする相手がいることにあります。誰にも伝えられなかった思いや誰にも共感してもらえなかった気持ちをわかってもらえると自分自身が認められたような、人生が肯定されたような気になるのです。

 

2.神仏の役割

人はなぜ神仏を祀るのでしょうか?神様がずっと見ていてくれる気がするだけで、自分の行いや考え、誰かに評価されるわけでもない経験が報われる気がします。見守っていてくれる存在がいることで私たちは安心できるのです。

それはお母さんが見守っていてくれる安心感の中で遊んでいた小さい頃の感じにも似ています。面白いことがあると「おかあさん!」とおかあさんを呼んで世紀の大発見を報告したことが皆さんにもあるかもしれません。

傾聴はそんなコミュニケーションにとてもよく似ています。
情報を聞いて、受容と共感をするよりも大事な「お母さん見てみて!」という気持ちを受け止めることが傾聴の本質ではないかと私は思います。

 

3.そして自立

しかしそれらをするには前提があります。人はそれぞれが自分の人生を一生懸命にやっています。時として支え合い、喜びを分かち合いますが、誰かが担いで人生を肩代わりしてくれるわけではないのです。

傾聴やカウンセリングをしていると依存心が強い人とよく出会います。99%の作業を人にお願いしていても依存心がない人がいます。逆に1%くらいしか作業を手伝ってもらわなくても良いけれど依存心が強い人がいます。「自分の人生は最終的に自分で責任を取る」という1%は必ず本人が背負わなくてはなりません。そこさえ自立していてくれれば99%を支えることは可能です。逆に「自分の人生は誰かのせいだ」「自分の人生を誰かに作って欲しい」と思っている人に99%をいくら提供しても形にはならないのです。

このオンライン傾聴講座に関わる人にはこの場をうまく活用して、人生を輝かせて欲しいと願っています。

 

告知)場に慣れてきたらオンライン練習会

初心者からベテランまでが参加しています。その日の状況によって、組み合わせを決め、傾聴練習をします。上手な人と組めば、一気にレベルアップしますし、慣れない人の話を聴くことも実践的な練習になります。

 

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