カウンセリングの定義

カウンセリングの定義

カウンセリングという言葉が広義には就職時のカウンセリング、法律、美容、結婚などさまざまな専門家による相談援助を指します。「カウンセリング化粧品」のような言葉もありますが、これは心理カウンセリングとは違います。狭義のカウンセリングは心理カウンセリングを指し、精神的な問題に対する専門家による相談援助を指します。これが一般的なカウンセリングの定義です。

 

1.心理カウンセリングの定義

 

心理カウンセリングのアプローチは多岐にわたります。特に公認心理師法が2017年9月に施行されてからは心理カウンセリングの位置付けもだいぶ変わってきています。臨床心理士と比べると効果が出る心理療法すべてを心理カウンセリングと呼ぶというニュアンスに近くなっています。

ただし、心理カウンセリングの定義としてはアドバイスとは違い、基本的にクライアントさんが自分自身に向き合い、自分で問題解決をする機会、場を提供するポジションであることは相違ありません。しかし、医療機関ではクライアントさん自身のチカラといいながらも心理教育、心理コンサルテーションという言い方で介入したり、薬物を投与したりします。定義という意味ではクライアントさんを中心とするとしながら、どの部分で介入するかの判断がやや曖昧ですが、クライアントさん自身のチカラを強めて問題解決できるような状態を作り出すことを心理カウンセリングと定義して良さそうです。

 

2.定義の中と外

心理カウンセラー、スクールカウンセラーのように肩書きを作り、一定のルールで活動をするカウンセラーには制約が出てきます。カウンセラーとして何でもありではなく、法律を守り、カウンセラーとしてのルールを守らなくてはなりません。医療機関のカウンセラーには時間制限や法的な制約があります。

夜中の1時に死にたくなったというようなケースではルールが定めるクライアントさんの定義から外れてしまうため、心理カウンセラーは対応することができません。「昼間の定められた時間に来てください」となりますし、「今日死にそうだ」と言っていても「3ヶ月後の予約になります」と言われてしまったりします。

社会がうまく回るための定義と悩んでいる人が現場でなってしまっている状態とに乖離があるとその間にある人は定義によってサポートしてもらえないことがあります。

自分自身が定義の外側にいたなと感じている人は定義を疎ましく感じる人もいます。そんな枠組みの中と外を理解しつつ、悩んでいる人の立場に立って臨機応変に対応しける社会にしたいですね。

15件のコメント

  1. すぐ話を聞いて欲しい、診て貰いたい時に予約は3か月後ですと言われてしまったら、絶望感とやるせなさは半端ではないでしょうね。
    そうなってしまったらどうすればいいのかと、カウンセラー側ももどかしいのではないかと思います。3ヶ月もたてば人の気持ちや置かれた状況も変わってしまう場合もあると思いますし。
    話を聞いて貰う中で相手からいかにも助けてやってやるんだよ、話を聞いてやってるんだよという気持ちや態度が伝わってきたら嫌になりますし、「クライアントさん自身のチカラを強めて問題解決できるような状態を作り出す」、はすごくいい事だなと、寄り添って手助けして貰っている、そんな柔らかい温かい眼差しが1番だなと思いました。

    1. そうですね。私は「予約は3か月後です」といわれてしまったら、存在を否定された、さみしいという思いになってしまうと思います。
      カウンセラーが何かをしてあげるのではなく、寄り添って、同じ立場からともに解決策を作り出すってことですよね。柔らかい温かい思いがみんなに広がるように頑張ってきます。

  2. オンライン傾聴講座の話が、最近カウンセリングに話題が変わり、急に難しくなったように感じる。
    傾聴は、いろいろ私になりに考えるキッカケになり、勉強になった。
    あとは、やっていくことかな・・と思った矢先カウンセリングになったので、アレアレといった感じです。
    ベースは、傾聴で学んだことなんだろうけれど、・・・なんか。。。難しい。
    また、読んで、コメント書いて勉強していきます。
    よろしくお願いします(o^―^o)ニコ

    1. Author

      たしかに〜
      気をつけますね!!

    2. なぁーなさんへ
      なぁーなさんの率直さ 感じます! わたしもいっしょに勉強するぞー🌼

    3. たんぽぽ ちえさん、
      『率直さを感じます』って言ってくれて、うれしい。
      表現うまくなったかしら。。。なんて、勝手に喜んでます😄

      一緒に勉強しましょ❤️
      よろしくお願いします。

  3. 大学の臨床心理の講義で初めてカウンセリングを学んだとき、「枠の大切さ」を習いました。📚それが、クライアントさんもカウンセラーも守るのだと…。
    私は、カウンセラーとしての仕事をしているわけではないのですが、障害のある子どもたちとかかわる立場なので、カウンセリング的なかかわりをすることは多いです。その中で、以前よりも、この枠やルールが厳しくなってきていると感じます。例えば、対応は複数でするとか、メールは使わないとか… 確かに、価値観が多様化してきたり、クレーマーと言われる人が増えてきたり、訴訟につながるケースが増えたりしているので、その枠やルールが私たちを守っているのかもしれません。でも、その理由のために本当に必要としている子どもに援助の手が届かないことはとても残念です。援助を必要としている子どもたちのことよりも、枠やルールが優先されると感じると、本当に悲しく、無力さを感じます。子どもの心は、「待ったなし」のことがあります。また、子どもとのかかわりには、「誰でもいいわけではない」こともあります。「今、この時に、この人がかかわる」からこそ、救われたり、変化したりすることもあると思うのです。
    この記事を読んで、判断の基準は、「悩んでいる人にとってどうか?」という点にあるのだと再確認できたように思います。わたしにとっては、「子どもたちにとってどうか」です 悩んでいる子どもたちの立場にたち、その子たち変わってきちんと説明できる賢さももっていきたいですね。ありがとうございました。🌼

    1. Author

      枠は枠を大事にする人たちを守ってくれる。
      でも、現場で人を見ていたら「枠を外れた罪」を背負ってでも飛び出さないといけない瞬間がありますよね。
      簡単なことではなく、難しいことですが、大事なことだと思います。
      ありがとうございます 🌼

    2. 「枠を外れる罪」を背負う かっこいい☠️ 今日私は、枠を外れ続けてかかわってきた親子の笑顔を見ることができました😊 でも、今思えば、「枠を外れる」けど、とっても楽しいかかわりだったなぁと思い出しました 「枠」 なんだろうなぁ🌼

  4. 茨を自らの居場所として、胸を張って笑える存在が必要になるのかもしれません(^-^)

    1. Author

      順風満帆な心理師と地獄から帰ってきた心理師ではおのずと役割が違うかもしれませんね。

    2. Author

      それはかっこいいですね。
      茨の道は常識の外というか普通じゃないエリアのようにも聞こえますが、僕には茨の方が人生そのものなんじゃないかと感じることが多いです。茨こそが人生だとしたら、苦労した人は苦労した甲斐がありますね。

    3. 茨も住めば都かもしれないし、そもそも茨を苦と認識してしまうことこそ苦悩なのかもしれません(^-^)

      マイノリティとマジョリティの記事にコメントしたのを、うまく投稿出来ていなくて若干忘れてしまいましたが…マジョリティに馴染めない人が集まっていたはずなのに、いつのまにか大多数が集まることでマジョリティと化してしまうような部分があると思います。

      別の箇所のコメントと総括になって申し訳ないのですが…

      本当にバランスが大切なのを感じます。
      誰の為でもなく、それぞれが自分の立ち位置を見失わずにうまく回るなら、それがベストなのかな、と。お互いに一寸先は闇であると同時に明日は明るい日なのですから(^-^)

      歩み寄って下さり、ありがとうございます。

  5. まさに、その通りだと思いました。
    ルールを逸脱し続けるようでは、社会も医療も成り立たなくなり、結果的に助けることの出来る対象が減り、カウンセラー自身も倒れてしまいかねないですよね…。

    色んなことのバランスと、見極めが難しいですが…志しは高く保ちつつも、目線まで上げてしまわないよう、心がけていきたいと思います。ありがとうございます(^-^)

    1. Author

      定義があるから定義外があると思います。
      公認心理師法が施行され、公認心理師の守備範囲が明確になってきました。元当事者としては公認心理師ができない残りの部分を担当したくなります。それも正規のルールがわかっているからこそ、とれる立ち位置だと思います。ルールの外は茨の道ですがね。茨エリアで苦しんでいる人を救うにはどうしたら良いんですかね。

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