疲れるカウンセリングは良いの悪いの?

疲れるカウンセリングは良いの悪いの?

カウンセリングは「癒し」「自己肯定感アップ」と思いきや「今日のカウンセリングは疲れるな」と感じることがあります。カウンセリングで「疲れる」というのは良いことなのでしょうか?

 

1.疲れるカウンセリングの良い面

上手なカウンセラーがカウンセリングをしている場面を見ているとクライアントさんは何かの世界に没入しているのがわかります。変性意識状態と言いますが、感情が表面に出ていたり、集中力が高まっているような状態になっています。

変性意識状態の時には集中していますので疲れをあまり感じませんが、イメージを想起したり、言語化したり、感情を味わったりと脳全体を使ってカウンセリングの課題をこなしています。悩んでいる時には脳があまり活性化していない人が多い中でこれだけ脳を使うこと自体が疲れることです。

1)つらさを生む部分にアクセス

つらさとつながっている脳内の部分、イメージ、言葉、体の感覚、感情を活性化させつつ、過去に体験したさまざまな場面にアクセスするとそれはそれは疲れます。活性化させる部位が多いほど、そして、エピソードが多いほど疲れる作業ではあります。

ただ、カウンセリングをして大きな変化が起きたとすれば、想起していたすべてのエピソード、五感に変化が起きます。「今日は大きな変化につながりそうだ」とカウンセラーが直感すると変化の直前にさまざまなエピソードを想起してもらうような寄り道をすることがあります。その作業はクライアントさんにとっては負担でもあるので、どれくらい踏み込むかはベテランカウンセラーの職人技とも言えます。もちろんカウンセリングがうまくはまらないとただ疲れて、傷をえぐってしまっただけにもなりかねません。

2)リソースやゴールにアクセス

自分自身の力や明るい未来などにつながっている脳内の部分にアクセスする時にも脳全体、身体全体でそれを味わうほどエネルギーを使います。一方で五感をフルに使い、感情を揺さぶるほど強烈なインパクトを出すことができます。これもある意味では疲れる作業と言えます。

 

2.疲れるカウンセリングの悪い面

カウンセラーが慣れていなかったり、配慮が足りないとそういう意味で疲れてしまうこともあります。カウンセラーとの疎通が難しくて疲れてしまう時には相性が悪いと考えてカウンセラーを変えるのも一つの方法と言えます。

1)傾聴できていない

傾聴ができないカウンセラーがカウンセリングをすると本人の気持ちとはまったく違う見立てをして、それに対してカウンセリングを進めてしまうことがあります。例えば、男性の多くは自分の役割があってようやく安心できます。一方で女性の多くは誰かと良好な関係があれば安心できます。男性のクライアントさんが「未来に希望がない」と話しているのに「家族の愛を感じるワーク」を提案されてもポイントがずれていて、気を使ってしまいます。こうなるとカウンセリングの効果が出にくいだけでなく、気疲れしてしまいます。

2)カウンセラーの指示が的確ではない

カウンセリングのプロセスには時として抽象的でわかりにくいものがあります。カウンセラーの指示が曖昧だったり、専門用語で指示をしたりするとクライアントさんは何をしたら良いのかがわからなくて戸惑ってしまいます。何度も「それはどういうことですか?」と聞き返すようなカウンセリングだとクライアントさんは指示を理解するだけで疲れきってしまいます。

質問をぶっきらぼうにぶつけるのではなく、クライアントさんが自然と想起するように促し、「それ」と示唆したり、クライアントさんが自然と行動するように促し、「そう」と肯定して先を促すような指示の仕方を心がけたいです。長文で指示を出すほどクライアントさんに負荷をかけてしまいます。

3)自分の気持ちに向き合うのがつらい

カウンセリングをしていると自分自身の向き合うのがつらい気持ちや現状が出てくることもあります。それに向き合うには大きなエネルギーを使います。ただ、この向き合う作業を緩和する心理療法がたくさんありますので、歯医者さんのように痛みを和らげる方法はカウンセラーが心得ています。

「向き合わなければ変わらない」のような根性論のカウンセリングもなくはないですが、それをスマートに回避する方法はたくさんあります。それがうまくはまっていない時にはカウンセリングがつらく感じます。また、向き合いにくい気持ちが出てくるということはカウンセリングが終盤に差し掛かっていることを意味します。表面的な変化ではなく、痛みを伴う大きな変化が起きそうになっているということでもあります。

※すべての症例にこれが当てはまるということではありません。PTSDの回避など意識的に思い出すことすらできないことなど例外もあります。

 

3.コンディションとカウンセリング内容

カウンセリングにはそれなりに負担がかかります。外科手術をする時にもその人の体調次第でできることが限定されるようにその人の調子があまりにも悪い時には大規模なカウンセリングはできません。人によっては傾聴されることすら疲れてしまってできないこともあります。

カウンセラーがカウンセリングの本質を理解していれば、お天気の話をする中にもカウンセリング的な効果を埋め込むことはできます。クライアントさんのコンディションに合わせて、アプローチの仕方やカウンセリングの規模を調整できるとより良いカウンセリングをすることができます。

カウンセラーとしてはそれほどのエネルギーを使って、つらい向き合いにくい気持ちに向き合ってくれている千載一遇のチャンスを生かす責任があると感じていただきたいと思います。外科でいうとお腹を切り裂いているのだから最低限の効果をだしてあげたい。お腹が切れたまま「また来週来てください」と言っていないかは気にしたいものですね。

8件のコメント

  1. 同じ疲れるカウンセリングでも良い悪いがあるのは意外でした。
    疲れるということは使わなくてもいい余計な神経を使ってしまい精神的苦痛が伴ったり、それによる肉体的な疲労ももたらす、そう思って悪い事ばかりだと思っていました。
    カウンセリングの受け手側が、これは良い疲れだとか心地良い疲労だと自覚できるといいですよね。

  2. カウンセリングを受けて疲れる経験、何度かあります。そういう時は「相性が悪いのかな」と考え、リピートしないようにしています。こちらも悩んで疲れ気味なのに、カウンセリングでさらに疲れてしまっては本末転倒なので…。経験豊富なカウンセラーさんだと、初めて会うクライアントを自分の中にすでにできている過去のクライアント用の「フォルダ」に入れる感じで接する人もいるような気がします。クライアントは一人として同じではないのではないかと思うのですが。

    1. カウンセリングで楽になりたい、明るくなりたいと思っているのに、逆に疲れてしまっては本当に本末転倒ですよね。
      とらさんのおっしゃっているように、クライアントは一人として同じではないと思います。
      とらさんの出会ったそのカウンセラーさんでは、逆に理解されていないと感じてしまいますよね。

  3. 「疲れるカウンセリング」を体験したことがあります。こういうものかと思って耐えてきましたが、この記事を読むと明らかに「悪い面」でした…。
    話をはぐらかされたり、体調不良の原因でなく対症療法の話ばかりされたりと、「過去に体験したさまざまな場面」に触れさせてくれなかった残念なカウンセリングだったと、今になって分かりました。

    1. 残念なカウンセリングだったんですね。
      クライアントさんのためのカウンセリングのはずなのに、クライアントさんにカウンセリングの「悪い面」を押し付けるなんて、ひどい話ですね。
      クライアントさんに、そういう悪いカウンセラーだけではないということをここを通して伝えていきたいです。

  4. 疲れには、心地よい疲れとぐったりする疲れがあるなあとよく感じています。
    スポーツをした後など、クッタクタに疲れたー参ったーって言いながら、美味しくご飯が食べられて、スッキリ寝られる。なんて幸せな疲れなんだ!っと。
    一方で、仕事の資料作りなどで、瑣末な表現や数字のやり直しやり直し。できたと思っても上役の好みで説明を重ねる度にコロコロと続く修正。。そんな日は引きずってお酒にも酔えず、すんなり寝入りできず、仕事を思い返したり。。
    そんな両極端な疲れ方をカウンセラーのリード次第で起こしうるのだなと。
    できうれば、悩める子羊が大きなカタルシスを感じ「久々に安らげて、死んだように寝られたー!」と思える。そんな機会をこの世界にどれほど増やすことができるんだろう!^_^

  5. 最終的にクライエントさんが向き合わなければいけない壁、重い扉というものがあるなと最近つくづく思います。そこにどう伴走するかが、カウンセラーとしての最も力量の問われる部分なのではないかと感じています。いわばそこが、僕自身の課題ですね。

  6. 自分がカウンセリングをしてもらってる時ですが、疲れでも爽やかな疲れと、ジットリしたような疲れがある感じがあるように思いました。

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